おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

都市の空気は自由にする

生きている。
新居に越して、市内で新生活をはじめている。

駅前の放置自転車の数、道路脇のゴミの量、汚物の跡、ウーウー何言ってるか分からないおっさん、裸足で出歩くアレな青年の数、マクドで店員と「お店のルールですから」「せやかて気ぃ悪いがな」と揉めるホームレス風情の男を目撃する回数、そのマクド前で行商のような大箱を背負い地蔵を決め込むDiDi Food, Uber Eatsの配達員の数…すべてが前に住んでいた郊外――田舎臭いを「お上品」と言い換えただけに過ぎない空間、または「よい環境」という美名のもとに、収入が許すローン返済額を遠心力として中心都市から地価の安い地域へと同心円上にはじき出された、ある一定収入層のホワイトカラーがマイホームを建てて暮らす労働者の寝床――と違っている。異物を丸呑みする都市の許容度が、とても心地良い。

中古で2000円で買った自転車を自慢するおっさん、ごみを物色して持ち帰るおっさん、道路脇に寝込むおっさん、おっさん、おっさん…そういう何してるかワカランおっさんがいっぱいいて、保護や摘発の網の目をかいくぐり存在を許されている自由度、それが僕自身「なにをしているか分からない系のおっさん」なので、平日昼間に街を歩いても、同類がウジャウジャいて目立たない。郊外にいたときの、主婦と年金生活者としかすれ違わない閉塞感、自分が異物だといやでも感じられる疎外感とは無縁だ。

ここには清潔さはないが、確かな生きやすさがある。