おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

プレ無職1日目 暇に耐えかねて

 

有給消化中で厳密にはまだ無職じゃないんだが、妻が「この家に無職はいらないよ」「無職のくせにお腹が空くんだね」「時計を見る必要はないわね、無職なんだから」「名前を無職プー太郎に変えたら?」…と人を無職呼ばわりして、得意になっている。前職のスーパー品出しバイトを辞めてから、4ヵ月間働かずにヒモをやっていたことが相当脳裏に焼きついているらしく、あの悪夢をまた見るのはご免だ、こいつならまた数ヶ月ダラダラしかねない…という危機感から、僕の意識下に無職=それは世間様に顔向けできないみっともないこと、という図式を吹き込もうと躍起になっている。しかしそんなヤワな攻撃では、僕が20代の暗黒時代のすべてをかけて培ってきた無職観・労働観・幸福観を打ち崩すことはできない。フフフ相手が悪かったな…とまでは思わないが、今まで1年半無遅刻無欠勤、刑務所で言えば態度優秀の模範囚として、会社の事業に服してきたのだから、ちょっとぐらい休んだっていいだろ!とは思うのである。

プレ無職1日目にして、暇に耐えかねている。勤務中にはあれほど「仕事やめたらやりたいことリスト」みたいなものが頭に充満していたのに、いざフリーの身になってみると、聖なる目録が雲散霧消してしまい、「あれ、俺は何がしたかったんだっけ」と急に平和ボケじゃないが、暇ボケしてしまう。光り輝いてみえた休日の価値も、1時間の尊さも、消えてしまったようだ。

72時間とか何とかいうドキュメント番組に、桜の有名な田舎の駅を特集した回があった。原っぱにレジャーシートを敷いて、仲良くおにぎりを頬張る老夫婦に取材班が近づく。「毎年見に来られるんですか?」とか当たり障りのない質問に対して、露骨に嫌そうな顔をする妻。「どこのTV局か知らないが、あんまり突いてくるなよ」と迷惑そうな、迷惑というより、困惑しているような微妙な反応をする様子に、「ちょっとは愛想よく喋れよな〜」といじわるバアさんをなじるような感想を持ったが、となりの夫が「実は隣町でずっと診療所をやっておった医者なんですが、すこし前にガンが見つかりまして…」と話しだした。妻は、ああ、あなた本当のことを話すのね、と悲しい顔をした。「初めに言われた余命はとっくに過ぎてしまって、いつ倒れてもおかしくないような状態なんです」とそうは見えない血色の良い笑顔で言うのだった。「はじめは退職したら海外旅行にいきたいね、と話していたんです。でも病気が見つかってしまって。それにコロナもはやり出して、もう国内か近所で済ますしかなくて。この桜もあと何回見れるか…」そう夫が話すのを聞く妻は、絶対的な事実を前にいまにも泣き出しそうな表情をしていた。彼女は終始無言であった。勝手な想像だが、「私は幸せでした。終わりが来るまでの一瞬一瞬を大切にしていきましょうね」と優しく語るのが聞こえるようであった。

僕は自分にとって何が幸せか、ということは今だに模索中である。ただ、働いて働いて働いて辞めて、さあこれから現役時代に書き溜めた「やりたいことリスト」を順番に片づけるぞ、と腕まくりしたとたんに、健康を損ねて不完全燃焼のうちに余命をついえるというのは死んでもご免である。