おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

お仕事やーめっぴ

 

今日が最終出勤日でした。挨拶だけして帰れるのかな?と思いきやフツーに終わりまで働かされたw くそ、こっちはそんなつもりで行ってないから、前日は深スマホして寝不足&やる気不足で午前中はかなり不機嫌で「こんなとこ絶対辞めてやる!いや辞めるんだけど!」と何度も反芻した。まあ働くっていっても、クリーニング業は3,4,5月の繁忙期を過ぎて、1日1500点だった処理点数がいきなり半分以下の600点になり、ずっと暇になった。15時には大体の業務が終了し、労働時間も労力も疲労感も激減、「こんな生ぬるい環境で給料が貰えたら続けてよかったのかも…」という考えがチラつくが、遅かれ早かれ転居に伴う退職は確定しているし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」じゃないが、夏場にズボンがべっとり汗で張り付いて、両肘の内側にはあせもができて、工場のどこにいても機器の蒸気の熱風がモワッと吹きつけてフラフラめまいがしたことや、12月30日午後9時過ぎ、包装機械で服をビニールで包む作業をしている時に何度「こんなことやって一体何になるんだ? 俺はこんなことがしたいのか? ぜったい辞めてやる!」と思い、帰ってからも妻に「こんなしょうもない仕事ぜったい辞めてやらああ」と愚痴ったことを思い出した。

ある人は「君ならどこにいっても大丈夫だ」と言ってくれる。ある人は「まだ若いから何でもできる」、またある人は「まだ人生半分以上あるんだからやりたいことをやるのがいい」と言う。「身体に気をつけて」「仕事なんていくらでもある」「嫁さんを大切に」「寂しくなるわ」「会社勤めがやっぱり楽ですよ」「猫いらない?」「バイク買ったら教えて」「近所寄ったら顔みせてね」「辞めた奴でまた来ますわ言うて来た奴ひとりもおらん」…等々いろんな声をかけてくれた。隠居した御仁、といっても誰より現場で働いている会社の相談役みたいな人は、「君に伝えることがあるとしたら『次工程はお客様』という言葉だ。これはトヨタの工場のモットーで、仕事のプロセスでは次の工程を担当する人をお客様だと思って自分の課業に取り組みなさい、ということだ。さすれば、全体の効率が上がって、工場の生産性がアップするんだ。これさえ覚えておけば、次にどんな職場へいっても、必ず活かすことができるだろう」とそれっぽい教えを授けてくれた。たしかに工場みたいな分節化した単純作業は、分担が進んで工程が分かれるほど、自分の担当部門の責任が軽くなるし、いくらでも手を抜ける。自分が楽をすればするほど次の担当者の手間が増えるわけで、それでどんどん時間を食われて全体的に仕事が遅くなるということは、僕の働いていた10人規模の小工場でもよく起ることだ。これが100人、1000人が稼働する工場となれば…想像するだけで恐ろしい。工場で機械のように働いて身につくのは、「次の人の仕事を増やす行為は悪である」という強迫観念だ。流れのなかで省力化にまったく機能していないスタッフをみてイラつくことも多々あったが、僕はそういう非効率のすき間にたまたま準社員としての口を見つけて、生かされていたわけで、高齢スタッフの作業スピードに合わせてゆっくり手と頭を動かせることを、むしろ得してる!と思うような超低空飛行の社員であった。立場の弱い労働者として時間と体力を搾取されるぶん、なにか状況の不合理や非効率といった、組織の割れ目からしたたる甘い樹液を見つけることは、ぜひとも必要な護身術であった。

僕は無感動な人間だが、この1年半、毎日のように顔を合わせていた人たちともう一生会わなくなる…と考えると、人生でありがちな感動ポイントたる「一期一会」の妙を思わざるをえない。駐車場警備のバイトでも、物流倉庫での派遣バイトでも、スーパーの早朝品出しバイトでも、2週間の短期でも2年間勤めても味わうことのなかった、関係解消の寂しさを感じている。「お世話になりました」が別れのテンプレ挨拶に終わらない恩を感じている。1年半という時間を捧げて、わずかな生活賃金以外に得たものがあるか、と自問すれば、なにもないことに憤りを感じている。地方零細のクリーニング工場で働く、社会階層でいえば決して主流でない、傍流のそれも下流の人たちの人生に触れた。60代後半の年金未納者のおじさんは、家賃を払っていくらも残らないバイト代を稼ぎに、腰痛予防の腰ベルトを巻いて毎日7時半から働いていた。血走った目で「君ならもっといいところで働ける。僕はあと何年動けるか分からない。とにかく頑張って」と励ましてくれた。健康、財産、容姿、スキル、教育年数、コミュ力、…どこかにキズのある影の人間ばかりが集まっていた(工場という閉鎖的な労働環境のほうが人を選ぶのだ)が、不幸そうな人間はだれもいなかった。そして幸福円満そうな人間もひとりもいなかった。働くことの無為さとそこにしがみつくしかない人たちの不満と諦念と倦怠があった。そういう下流生活のリアルに触れたことが、1番の収穫かもしれない。