おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

明るい介護

 

90歳過ぎのおばあはそれなりに元気にやっているのだが、先日腎臓の炎症?か何かで入院して1週間ほど病院のベッドでの生活を余儀なくされてから、ひどく足が弱って歩くのにも「コワイコワイ」と言って、杖や人の手を借りずにはいられなくなった。

数年前から祖母は一人暮らしをやめて僕の実家で、母の世話になっている。父方の祖母も健在で、父が職業生活のかたわら世話をしている。父方の祖母にはもう何年も会ってないし、結婚の報告もしてないので、様子を見に行きたいが、同市内でも山間に家があり、近いようで遠く、行けていない。

決して広くないURの2LDKの居間に、介護ベッドや車椅子、杖、入浴用の椅子などが次々と運び込まれ、手狭になった。どこの自宅介護の現場でも、こういう風景が広がっているんだな〜と想像する。ベッドは電動でマットレス全体が上下するし、頭と足の角度も上下する。全部でいくらかかったんだろ…と金の心配ばかりしてしまうが、車椅子は月額200円、ベッドは月500〜1000円位のレンタルだった。年に10万円まで使える特別な費用で、入浴用の椅子を買ったのだという。介護ってこういう風に進んでいるんだ…と国の保険制度にいまさら驚いた。「要介護1」だからこうで…と色々説明されたが、要するに大まかなランク分けによって、利用できる機器や値段に差があるようだった。

「楽やから乗ってみ」と言われて、車椅子に乗る。座り位置が自然で楽だ。母に車を押されて廊下を進むとき、低い目線で滑るように移動するのが不思議な心地だった。歩くより楽だと思った。背後に感じる人の動力、優しく動かしてもらうことへ感謝の気持ちがわいてくる。「ああ自分も終末は看護師や家族に『ありがとうね』と思いながら、こんなふうに景色が流れるのを見るんだな…」とクソジジイになった自分を想像した。両輪を掴んで自走すると、左右の力の入れ具合が難しく、直進もままならない。壊れたロボット掃除機のような足取りで部屋を回ると、廊下の横幅、建具、洗面周りの寸法などが、すべてギリギリ車椅子でも通れるような作りになっていることに気付く。そういうことも考えて設計されているだな〜と感心したのだった。

「おばあの唇の皮膚とかが落ってて汚いけど、寝てみ」と言うので、若干の抵抗感を覚えつつも、いや何が不潔なことがあるものか、と改心して介護ベッドに寝転がる。リモコンで身体と足が上がるように調整し、寝ながら窓に景色を望む。プールサイドのリクライニングチェアに横たわるような気持ちよさで、思わず欲しくなった。この角度で寝ながらTV、スマホPC、読書ができたらなんて素晴らしいんだと。ゲーミングチェアなんかはやっているが、むしろナーシングベッドだろうと。入浴用の椅子も、着座の位置や角度がちょうどよく、座って楽、立って楽、持ち運んで楽の逸品で、ベランダにアウトドアチェアを置くくらいなら、こっちの椅子を置くほうがいいと思った。

祖母の介護模様を通して、現代的な設備と制度の充実を見せられ、自分の快適な老後生活を想像して、ちょっとだけ安心するのだった。