おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

透明の貧しさ


AbemaTVで「現代の若者」特集があった。少ない収入でシンプルな生活をするさとり世代の青年として、ある20代前半の男性が取材を受ける。彼は、新卒入社の会社をすぐに心身不調で退職し、いまはUberEatsの配達員として月に10万ほどの金を稼ぎながら、都内の家賃7万8千円のワンルームマンションで暮らしている。これがマンションといいながらただの狭小シェアハウス、カプセルホテルのような作りの現代風タコ部屋で、扉代わりのカーテンを目隠しにした、シングルのマットレスを敷いただけの空間なのである。カウンターでMacBookを開き、AirPodsをして、YouTubeを見ながらコンビニのうどんをすする。「これが至福の時間です」と語る。「車は欲しくないの?」「彼女はいらない?」という取材班の質問には当然どちらも不要と答える。「必要十分な金を稼いでつつましく暮らすのも処世術のひとつであって、現代はそんなミニマリスト的な生き方を実践する、新たな価値観を持つ若者がいるんですね〜」風の感想を持ってもらいたそうな味付けで映像は終わるが、僕はこれはミニマリズムの美名に隠れた、ただの貧困であると思う。UberEatsで好きなときに自分らしく働くのが自由で豊かな生き方と表象されることにも「?」だ。ユニクロの清潔感ある服装で、現代的なガジェットをそつなく使いこなす姿に貧困の影はないが、日々あるかどうか分からない不安定な仕事をし、寝台列車の三等客室のような小部屋に帰って寝るだけの暮らしってのは、西成にいる日雇い労働のおじさんたちと本質的になんら変わらない。若いからまだどうにでもなる、と周りに可能性を感じさせるだけ、余計に救いがたいと思う。西成の格安ホテルに連泊していた若者は、定住せずに、ホテルを転々としながら、夢を追いかける人を応援するコンサルで自立していると話すが、ホテルロビーのカウンターで、ひとりウェブカメラに向かって大げさな身振り手振りで夢実現の方法論を説くその姿には、夢らしさも、幸福感も、ノマド的な自由もないようにみえた。実は豊かさと同じく、貧しさもまた目にみえないものなのである。