おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

1回休み

 

やめると言い出してから職場の人が冷たくなった気がする。仕事を振られることが少なくなったというか、「○○やってくれ」と言われることが極端に減った。全員から軽無視されているのは、気のせいだろうかw

パートスタッフさんにも話は回っているらしく、いやこの手の噂話ほど早く広がるものはないが、なんとなくみんながよそよそしいのは、部活の脱退者にたいする冷視であり、また熱視であるのか。短期スタッフが、奴隷のように冷遇され、多少作業にミスがあっても無視され、各作業の熟達を目指す教育を諦められるのは、もう何を教えてもどうせ辞めるんだから…という諦念のせいであるが、そういうものが僕の上にも投げかけられていないだろうか。

あるパート従業員はクリーニング工場におけるこの仕事を「刑務所みたい」と評した。社員とパートは刑務官と囚人の関係であり、実際は監視されていなくとも内なる監督者によってわが一挙手一投足が監視されているような気分になり、業務における命令は絶対で、それがどんなに気の進まない面倒な作業でも有無を言わさず服従を強いられる。「帰ってよし」の合図が出るまでひたすら動き続けねばならない。「お前だけこの刑務所から脱走しやがって」「地獄のすごろくから上がりやがって」といううらみとうらやみの視線を背中に感じないではない。

やめる時期も悪かったのかもしれない。世間ではTシャツが気持ちいい春から夏への移行期だが、工場内ではとっくに18℃のクーラーがガンガンにかかっても、背中にじっとり汗するほど暑い。そりゃそうだ、衣服のシワを伸ばすためには熱と蒸気がいる。向こうの景色がゆらゆら曲がって見えるほど温まったアイロンや鉄板のすき間から漫才師の登場みたいに高温スチームがボワァーと吹き出す。それも一日何百回と。この蒸気の風にのって、衣服に染み込んだ着用者の尿や腋臭、タバコのにおいが辺りにもくもくと漂い、ツーンと鼻の奥を刺激するとき、薬品と溶剤とソープと排気ガスの無機質な科学的なにおいが充満する工場において、唯一久しぶりに嗅ぐ有機的なにおいとあってか、不快なのにどこか待ち望んでいた人間的なにおい、もう一度吸い込んではやっぱり臭いと思う、快と不快の境界線の訂正が何度も行われて、自己不信に陥る。

夏に入ると18℃の冷気が出るはずの各所のスポットクーラーから熱風が出ているようだ。砂漠の地下牢で唯一そこから地上の空気を吸えるパイプが天井から吊り下がっているような悪夢でみる環境だ。他の社員に言わせると「趣味で陶芸やってて暑いのには慣れています!といった人が暑さにやられて辞めていった」くらい、酷暑下における工場労働は苛烈である。僕も去年はじめて「日本の夏、クリーニング工場の夏」を経験した。汗をかきすぎて、汗のたまる肘や膝や胸のくぼみが赤く荒れ、顎かけマスクはボドボドの濡れタオルと化し、退勤後は軽い頭痛と熱っぽさを持ち帰って、家の床にぐったり張りついて立ち上がれない日が何度もあった。退職時期を6月末に決めた理由の1つは、この7月8月のサマーフェスから逃げたかったからである。夏前に辞めくさりやがってアホンダラ、と思われても仕方のないことだ。

工場の倉庫には、お客様から預かった衣服のつまった米俵みたいな袋が200個以上保管してある。綱渡りでもするような直線の歩きでなんとか通行できるスペースだけを残して、左右に俵が2段積み。それが5列ほどある。たとえばある袋の日付タグをみると「No.121 8/18 出し」とある。8月18日に出荷する分の荷物である。これに自分が関わることがない、と思うと、山積みになった仕事がすべて消えて、気が楽になる。

配送バイトとして入社した当時お世話になった配送スタッフのおじさんU氏が、こっそり耳打ちで「引っ越しすると聞きましたけど、ここ続けるんですか?」と訊くので「6月いっぱいで辞めようと思ってます」と正直に答えた。「そらそのほうがええですわ」と言ってくれた唯一の人だ。

「次の仕事は見つけてはるんですか?」
「いや、まだ何も」
「いまおいくつですか?」
「31歳です」
「そら大丈夫ですわ。私らみたいな60、70の人間はダメでも、30代ならなんぼでも仕事あります。うちの息子も今年で34歳やけど転職は5回ほど。最近はどんな仕事してるか怖くてよう聞けませんわ」と笑う。

このすごろくに上がりはない。僕はただの1回休みだ。振るサイコロにどんな目が出ようとも、僕らが止まるのは働きマスなのである。