おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

雑談の雄

 

最近職場に新しく入ったスタッフの坂口さん(実名)は、バスの運転手をしている40代のおじさんである。コロナでバスは減便、自宅待機が増えて残業代も稼げないとあって、空いた日にバイトしにきている。大型バスの運転免許を持ち、配送スタッフとしてこれ以上はない適任の人物だ。「即戦力として活躍できる人募集」という求人雑誌の文句を地で行く格好である。

帰り支度する坂口さん(実名)と鉢合わせした。ここは大人同士の小粋なトークをする絶好の機会だ。ふだんは「××して欲しいんですけど、お願いできますか?」等の連絡に終始し、お互いの素性を知らぬまま、それでも毎日顔を合わせるという気持ち悪い関係、落ち続ける月が周回軌道を描いていつまでも地球にぶつからない物理法則、近代工場を組織する労働集団の密にして疎、勤務中は親しい同僚にして退勤後は見知らぬ他人というイリュージョンに騙される歯痒さを感じていたところである。これがイケメンサッカー部への憧憬冷めやらぬ芳紀二四の女であれば、何を話しても口臭ハラスメントになりそうでうかうか口も開けないが、活発でも物静かでもないまさに一般男性と呼ぶにふさわしい中庸の美徳を備えた坂口さん(本名)には、漆器の雰囲気があり、受け答えには和菓子の甘みと弾力があって、話しやすい。雑談に苦手意識のある僕は、「雑談力」の本に触発されたこともあり、このダンディを相手に、一流の男がたしなむと言われるその雑談とやらに興じてみようと思った。

成功である。しかるべき機関から40代のおっさんと普通に話す能力証明書が発行される、上首尾の結果だった。 坂口さん(本名)は、話題の火種が消えかけたらまた新しく自分から話しかけてくれたり、こっちがぎこちなく話しだそうとするのを何度も待ってくれたり、熟練の会話テクニックでリードしてくれた。聞くところによると、四角四面のまじめ人間かと思いきや、週末にはキャバクラ、スナック、ガールズバーでお姉ちゃんと酒を楽しむ趣味があると分かり、その絶妙なトークの呼吸が幾リットルのビールによって磨かれ、幾本のポッキーによって支えられてきたか、推量も許さぬ広大無辺を感じさせる男だった。僕がため池なら坂口さんは外洋であった。坂口さん(外洋)は、時間に余裕がありそうだったが、僕は終業のささいな事務手続きがあるため「このへんで」と早々に切り上げてしまった。一問一答に緊張するあまり、どうしても会話を終わらせて早くその場から去りたいと思ってしまう。「どうせ僕なんかと話したいと思ってないはずだ」という思い込みがあるからだ。最低限必要な情報交換ができればそれで会話の役割は終了と考える発想があるからだ。これがいけないんだ。実は相手も話したがっているかも?といい方向に想像できない下男の根性が、対人関係における通信障害の原因であるような気がする。坂口さんはそれを僕に気づかせてくれた。彼が新しい話題を次いでくれるたびに「あ、この人はまだ僕と話したいと思ってくれているんだ」と実感できた。そうか、僕ができるだけ会話を早く終わらせようとするのは、相手にとっては、あなたとは話したくないですよっていう拒否のポーズに映っているんだな。嫌なやつだな…w

40,50代のおっさんと話すのが一番楽しい。20代の女性もたくさん働いているのに、就職以来僕が一言も彼女達に話しかけようとしないのをみて、職場では、僕が女に興味ない奴だと思われていると最近初めて知った。でも付き合って面白いのは、絶対20代の女より40,50代のおっさんだよ? 40,50代のおっさんだけがいるおっさんずバーとかないんすか? それただの居酒屋か。