おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

21ダイアリー ワイド1月 ¥110

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100均で手帳を購入。どんなに探しても1月はじまりは猫ちゃんしかなかった。これが31歳男の手帳かよ!

 

 

目的もなく繁華街をうろつくのが苦手だ。

前も妻と百貨店に行った。エスカレーターを順繰り順繰り乗り換えて上り続け、「黄色い線の内側に…」というナレーションと階数の数字だけが入れ替わる永遠の同語反復にさらされて、悪夢のようだった。「ドルチェ&ガッバーナの香水のせいだよ〜♪」か知らないが、ブルガリ、フェンディ、シャネルにプラダパネライ、ロレックス、ブレゲにオメガ…地下のコロッケから12階のダイニングバーに至るまで、この百貨店にあるすべての物品で、僕を楽しませるものはひとつもない。こんなところで時間をつぶすのは、人生を奪われているのと同義である。現代風のおしゃれ着を軽やかに着こなす男女をみる。はやりの服は、若さという監獄の囚人服だ。彼らにある個性といえば、出席番号の排列くらいのものである。えもんかけに15年眠るかつての流行着を、足し算の美学と我流の考古学で着こなすご婦人方をみる。老いて醜いのは皮膚の質感ではなく、サポートが終了した美的感覚のほうだ。ダサいおっさんをみれば、生き枯れた様子に反吐が出る。現代都市の鉄の河川たるエスカレーターで、上下動に消えゆく消費主体と茂る値札の森、そのすべてが気に入らない。不機嫌無言追従モードに突入し、妻の「大人になってよ」ということばを聞く。大人になるって、自分の知恵をつかって自分の嫌なことを極力避けて生きるってことじゃないんかい?

 

何をしても「時間が奪われている!」と感じる僕は心が狭いのだろうか? 出かけると「はやく帰ろオーラ」を発してしまう。ケチくさく節約した時間を、今度は布団の上でだらだらして浪費する。収入を増やすために副業模索の努力をしたり、スキルアップの資格勉強をしたり、趣味の釣り具を磨いたり、ゴルフ練習したり、マッチングアプリで女をひっかけたり、あやしい投資セミナーで300万だまし取られたり、そういう外界に働きかけて、環境に変化を与えるような自発的な作用は一切しない。植物のように静的な時間を過ごす。それでいいと思っている。だらだらして時間を無駄にするにせよ、だらだらは自らの意志によるだらだらであり、崇高なだらだらである。時間の使い方を自由に決められる環境じたいに尊い価値がある。本を読んだり、ルービック・キューブをいじったり、なにもせず目をつむっていると、妻が横で「暇だなあ」「やることがないなあ」と文句を垂れる。「暇がいいんじゃないか」「やることがないのが幸せなんだよ」となだめる。6h睡眠/1h通勤/12h労働の残余を自分の人生だと勘違いすることを強いられた長時間労働者にくらべると、僕ら(準社員契約社員)は低収入だが、時間はある。金持ちでなくとも、時間持ちであるほうが優雅であると、妻を説得する。可処分所得より可処分時間のほうが、僕のQOL向上には寄与度が高いが、なかなか理解してもらえない。「もっと稼いでこいバカヤロ」とケツを叩かれ、家を追い出される。へいへい明日も働かせてもらいま。