おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

ハウスメーカーの営業マン慣れ

 

不動産の営業マンといえば、ブラック&体育会系体質の業界・会社で、新卒から心と身体を蝕まれることなく(あるいはすっかり蝕まれ尽くして)、サビ残パワハラの嵐をサバイブしてきた歴戦の勇者と聞く。僕は小さい街のクリーニング工場で働く一工員だから、全く想像が及ばない。説明会では、口の達者なサッカー部の陽キャラに対峙するときのように、気を引き締めてかかる。身構えて聞く。1日1件の住宅展示場めぐりと1時間の説明を受けるだけで最初はどっと疲れて「もう家なんか建てない。工事現場でよくみるスーパーハウスのコンテナで暮らす」とふてくされていたのが、回数をこなすうちに、展示場慣れ、営業マン慣れしてきて、今度はどんな人に会えるのか、家より楽しみになってきた。

住友不動産では所長が出てきた。所長といっても30代後半の、マスク効果を差っ引いてもイケメンらしい、バリバリできる風の、いやできるから若くして所長に昇りつめたであろう人物と話す機会を得た。むしろこっちがお話させていただく時間を設けてくださったと言うのが正しい。僕は生まれてこのかた、なにかの「長」になったことがない。3年2組の班長くらいのものだ。所長は、サイド刈り上げで、中央にはジェルで固めた髪をアーモンド型にした、西海岸の新興テック企業でCTOを務めるジョックスみたいな髪型で、ツイード生地の灰色ベストに紺のジャケット、ディンプルのきれいな赤いネクタイに白シャツ、赤青のロレックスGMTマスターが袖からちらと覗く。持参の手帳は、べっこう飴みたいにエイジングしたキャメル色の革張り、小ぶりのペンケースはようかん色の革で、家の柱に見立てて地震の揺れを再現するためにとりだしたペンは、赤と青のラミーサファリであった。ここへ来る際に、僕が運転する実家の国産コンパクトカーのうしろを、余裕をもってついてくるファイトニックブルーのBMW X4があった。駐車場で降りる人影を見たのが、まさしくこの人であった。同じ30代の男、イケメン、子ども2人、外車、所長、ロレックス、革のペンケース…、あらゆる面で勝ち目がなく、完全に萎縮してしまい、「ゆっくり本が読める小さな書斎スペースが欲しい」というささやかな希望も伝えられなかった。甲斐性のない零細工員として、住友不動産と並べるとどこの会社だ?と笑ってしまうような勤務先と、実際より1割増しで書いた年収300万円の身分では、家の購入を考えること自体が不釣り合いな妄想だ、アイドルとの交際を夢見する中年童貞だ、と思われる気がして、自分の家なのに自分の願望が言えなかった。紙カップのコーヒーにしばしば口をつけて気を紛らわすが、爪が伸び放題で月齢ならいくつかというような半円に達しており、中は黄黒いホコリと鼻クソの詰まった汚い手。所長の爪は、さっき切ったように新鮮で、美しい曲線に研がれ、磨かれ、下から健康的な桃色の肉がのれんをくぐるように覗いている。徹底している。どうすれば人に好感を抱かれるかという演出と実践を突き詰めている。僕はとかく目の前の人物との勝敗を吟味したがるが、所長に勝っているところなど「お客さん」という立場だけで、それだって怪しいもんであり、緊張とおべっか「センスいいですねえ。所長にお任せすればすべてうまくいきそうですわ」に気力を使うあたり、どちらがお客様なのか分からなくなってくる。

今週日曜は3社3名との打ち合わせ。
頼むから庶民的な人きてくれ〜。