おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

【書評】『10のあなたのこと』

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なんて薄っぺらい本なんだ、早速ブックオフへ持っていくぞ!とは冗談で、本音ではブログにするほど嬉しいのである。

21歳の誕生日、当時の恋人に「プレゼントは本がいい」とねだって、ゴミハウスの猫おばさんが聖書と併せて抱え持つような星占いの本を手渡しされたとき、苦笑いであった。溶岩の伝熱に耐える巌であった。それと比べると、この本は、僕の読書歴で一番へたくそな一番の傑作である。これはFacebook案件で、幸せマウントをとりにいく恰好の材料であるが、今日言いたいことはそれじゃない。矛盾しているようだが、僕みたいな恋愛に興味なし、恋愛そのものに懐疑的な草食系こそ結婚したほうがいいってことを伝えたい。

モテる努力への違和感を覚えたのは中高生の頃だ。どんなブランドの、どういう服を着るのがカッコいい、どんな靴を、どんなカバンを、どのケータイを持つのがいい。どんなワックスでどういう髪型にするのがカックイー。茶道教室でサル顔のオバンに教わるよう細々としたお作法の束縛が気味悪かった。ワックスなぞ1回つけてみたが、どう毛束をまとめてよいか分からず、とりあえずひねられるところをひねり、ウニというより黒煙、炎というよりコンロの五徳のような後頭部で登校し、友人を絶句せしめたことがある。女子にモテたいというより、モテたがるみんながやっていることだから、という理由で、しきたりを順守していたのである。

結婚して得た気楽さは、もう誰にもモテなくていい、男として彼氏(候補)として恰好よくいる努力をしなくていい、という解放だった。休日に着る服も乗る自転車もないグズグズのおっさんが、息子のトレーナーとマウンテンバイクで、ダイエーに小ダサい防寒具を買いに行く、もうどんなアバンチュールも、夏の果実の一滴も、微温に溶けだす宝石の一粒も期待しない男像をこそ、蔑みそして憧れてきた。もうクソみたいな恋愛ゲームをすることも、するふりもしなくてよいのである。

モテなくてどうして人と付き合える、と不思議がる向きもあろうが、世の中はそんな不思議が通るクラインの壺である。僕に限っていえば、「どうしてこんな奴が結婚しているんだ?」と思うピラミッドの底辺格、そんなキズもの同士だからこそくっつきやすい磁場のせいで結婚したに過ぎない。僕は自ら「付き合って」とも「結婚して」とも言っていない。僕みたいな人間に結婚願望があるわけなかろう。僕は人生のあらゆる局面における重大な決断を人任せにしてきた。進学も仕事も同棲も結婚もである。幸福の条件とは、自分で決断をしないことだ、と本で読んだことがある。僕は幸福を求めて優柔不断を決め込んでいるのではなしに、単純に状況に責任を持ちたくないから選択を人任せにしているのである。案外それがいい方向へ転ぶ。他人とは意外性そのものであって、独断より他人任せのほうが次元が広がりやすいのであろう。

茂木健一郎リリー・フランキーの対談がおもしろかった。

茂木:時々、見る夢があって、ふと気がつくともう1年ぐらい高校に登校していない、これはもう留年してしまう、退学かも!っていう夢。僕は高校はマジメに通っていたから、そんな夢を見る筋合いはないんですけど、どうも、いま現在の自分がまっとうじゃないんじゃないかと思っていることがそういう夢になって出てきてるようなんですよ。
リリー:それは茂木さんらしい強迫観念ですよね。ぼくの場合は「まっとうじゃないかも」って疑いを持つことはありえませんから(笑)。まっとうじゃないのが前提条件(笑)。
『芸術脳』新潮文庫

だから茂木はモテねえんだよ!(知らんけど)

まっとうか?という自意識がすべてを矮小化する。諸君もそれぞれの非まっとうを生きてほしい。