おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

曇天下、住宅展示場に立つ

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不動産の営業といえば、業界の垣根を超えて、いや、そもそも働くこと全般に疎い僕にさえ、過酷な仕事だと噂が聞こえてくる。口のうまい、コミュ力のある、精神的にもタフで、多忙、残業、スケジュールの黒と仕事の山に耐える、休日は精力的にパチンコ競馬アウトドア、飲み会洗車打ちっぱなしを楽しむ、万事イケイケドンドンの、EXILEが好きそうな女を好みそうな、キングオブ陽キャラに違いない、と決めつけている。初めから僕とまったく反りが合わない人種だ、と勝手に思っているので、妻と母と営業マンが住宅設備のオプションについて、息もつかせぬ丁丁発止のやりとりをするのを横目に、僕は黙って壁ポスターの太陽光発電をPRするタレントお天気アナと目を合わせていた。営業マンは30代半ば、ときどきマスクをつまんで気流を確保し話し続けた。

蚊帳の外の僕は、仲間に入れて欲しくてお兄ちゃんたちを見るが、マンは妻と母を交互に見て話し、僕には目もくれない。金を持つのは母、決定権を握るのは妻、つまりマンは、金権と実権の在り処を正確に見抜き、営業成績の向上に努めるのであった。

車のセールスマンは、夫婦で来店する客については、妻のほうを納得させるよう話を進める。なるほど家では妻が取締役だからである。日本マクドナルド藤田田氏も、商売するなら「女と口を狙え」と言うではないか(消費意欲の高い女性と、食料をむさぼらずには生きられない人間の特性をターゲットにしろ、という意味だ)。さらに過激なことも言う。「頭さえ使えば、金の儲かることはゴロゴロころがっている。儲かるタネはいくらでもある。ザクザクある。それなのに金儲けのできないヤツは、アホで低能で、救い難いヤツである」ユダヤの商法』。僕はこの場では、一番稼得能力の低いどアホなのである。実際に給料は嫁さんより低いし、母が持つ実物・金融資産の評価額は、僕とケタ違いである(僕がもつ資産とは、ママチャリとニンテンドースイッチくらいのものだ)。僕自身が冷気と言わんばかりに、基礎を食らうシロアリとでも名指しせんばかりに、断熱材と換気扇の話が勝手に進んでいく。耐震構造、ナントカ工法、床材、壁材、地鎮祭、測量、解体、予算に金利、知らない話の知らない単語が耳を素通り、大阪駅下の土産屋で八つ橋を売るおたべ人形のように、ウンウンウンウンうなづいて地面が揺れてきた。

息抜きに便所に立つと、小便器のすぐ上のとってつけたようなエアコンが、まったく自分の家と同じものであった。安心して用を足せたのはいいが、今度は自宅が便所同然の空間だと思われてきて気が滅入った。

住宅ローンの解説を断ち切って「6000万くらいならキャッシュで払えますわ」と大ボラを吹くおかん。営業マンも目の色を変えて、セールストークに熱が入る。こりゃ狐と狸のばかしあいだ。僕は言ってやりたかった、「うちのおかん、さっきスギ薬局サランラップ買うのにも、15%オフのクーポン出してましてん。財布には、札束か!いうほどぎょうさんクーポン入ってますねんで。そない持ち歩くんやったらクーポン用の財布買うたらよろしいやん、言うたら、アホか、金がもったいない、と、こう言いよりますねん」。母は帰宅後、反省する。「金持ちに見られたら損や。いくらでも高い値段ふっかけてきよる。あいつらも所詮金儲けやからな。今度からはホンマに1円も金ないと思わせな。最初のモデルハウス、あれ気色わるかったな。きしょい思て、ネットみたら、ナントカ水みたいな宗教じみたやつ売っとんねん」。横から父、「ほしい車があっても、色んなところから見積もりとって、『他んとこやったらこの値段やねんけど』って見せて、ちょっとでも安うしてもらわなあかん。家やったら、それで100万も200万も変わってくる。よう勉強しいや」。
こんなじゃりン子チエ的金銭リテラシーの家で育ったのに、どうして僕は経済観念がボロボロなんだ。どうして雑誌付録に魅せられて、要らないポシェットを買ってしまうんだろう。なぜ残高585円で月末を迎えるんだろう。

トイレのふちなし、シンクの高さがどうの、照明がこうで、クローゼットが…、部屋を案内されて、妻と母は、主婦の意見、家事目線で、所帯じみた、ぬか味噌臭い、冷酷なまでの現実性に立脚した態度で、あたかも来月入居するアパートの内見でもするかのごとく、会話する。僕は、リカちゃんハウスに投げ込まれた人体模型であった。ただでさえ、何をやっても現実の現実感が乏しい毎日なのに、嘘の家の嘘の家具に囲まれて、買う気も金もないのに嘘の答弁、嫁も母もドラマにあてがわれた嘘の役者に思われて、自分の人生がまるで笑えない冗談に見える。

主寝室は白黒基調の10畳間にダブルベッドがある。
営業マンが訊く。
「お仕事は何されているんですか」
僕ら夫婦間に、どうする?本当のこと言う?という無言の応酬があった。
「ぼ、ぼくは工場で働いてます」
ヘマをした犬のように下卑た笑いで先をいく。若い連中が家を建てるとなりゃ、それなりに高給取りなんだろうな、という営業マンの想定を打ち崩すようで恥ずかしく、また期待を裏切るようで悪く、全体的に何かスミマセンであった。
肩透かしを食った営業マンは「ああ」と、得意の話術でも二の句が継げない。そこで目をつけたのが、
「では、奥さまは?」
妻は事務職と答える。「どちらで?」
時価4000億規模の一部上場企業の名前を答えると、あ、こちらが稼ぎ頭か、と合点のいった様子だった。僕はご主人さまに連れられて来た犬の気持ちであった。しかし妻も非正規である。ここで一番稼いでいるのは営業マンその人で、僕らは藤田田に言わせるところの低能集団であった。

モデルハウスの各玄関口には、テーマパーク風のバルーンアーチが施され、カゴ・ワゴンにはお菓子とおもちゃの詰め合わせが山盛りだ。テント下のガラガラ抽選機のうしろで、ベンチコートを着た若い女、老いた男が所在なげに手をすり合わせる。顔には、この時空間で唯一真実らしい現実の疲れが貼ってあった。大地をせせこましく豆腐のように切り分けて何が自分の土地、自分の家屋だろう。立って半畳、寝て一畳、一切のしがらみを離れて、ネカフェでひっそり暮らすのが現代の仙人境である。