おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

撮ってきましたよフォトウェディング

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撮影は朝9時に梅田スタートであった。ラッシュアワーにキャリーを引いて来るのは大変だろう、なにより僕が不機嫌になって扱いが面倒になるだろう、という予想でもって、前日に駅前のホテルを予約していた細君。グランヴィア大阪の角部屋からヨドバシの交差点を一望する。JR-阪急連絡橋を眺望する。

 


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「人がゴミのようだ〜!」を体感するわい。いやはや、人の流れを見下ろすことが快感なのは、なにかと人を見下しがちな心根と呼応するからであろうか。

見上げれば星、そしてオフィスビルにちらつく残業群のほたるびだ。「誰かに見られているかも」と感じて、うかうかキスもしてられん。望遠鏡をもってきて、見られているとは知らぬ人の顔をじっくり覗きたいとも思う。なんでも縦に積み上げたがるドン・キホーテ式の街並みには威容と虚脱を覚える。

 

鈴木大拙は『無心ということ』で、俗世間に苦しむ人がぜひやらねばならぬこととして次のように言った。

いろいろなものを次から次へと積み上げ、重ね上げた世界では、動きがとれなくなる。賽の河原で子供が小石を積み重ねると、鬼が出て来てこれを一度に踏み倒してしまうというが、それと同じ案配に、自分らが一心に作りあげたと考える、この世界を一瞬時にたたきつぶしてしまわなくてはならぬ。一拳に拳倒す黄鶴楼、一蹋に蹋翻す鸚鵡州という言葉がありますが、それを体験しなくてはならぬ。一つずつ崩すというようなことでは助かることができない。積み上げた概念を根元から転覆させなくてはならぬ。

これは岡本太郎の「人生とは積み上げるものでなく、積み減らすものである」という発言と同じだ。就職も結婚もしない頃は、「積み減らす」意味が分からなかったが、今になってようやく掴めてきた。投資信託を積み立てて、みみっちい将来の安泰をとっている場合ではない。一拳に拳倒す黄鶴楼で、家と家族と家計簿を打ち崩し、明日から放浪の旅に出る覚悟で生きねばならん。そう思うことが唯一、つまらない今日をサバイブする労働者の希望なのである。林立するビルのあいだを分子のように、ゴキブリのように這い回り、自分を失ったまま経済活動に奔走する粒子たちを観察して、そんな感慨にふける。

 

 


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女がシャワーを浴びているときに男がやることは、このあとどうしようと考えることでなくして、

 


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『35歳になったらマクドナルドでバイトしろ!』を読むことですよね。

 

僕は最近プロの書評家を目指しているので、まじめにレビューするぞ!と思って臨んだのですが、


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「この作品はフィクションであり、実在するいかなる団体や個人とも関係ありません」

開始1ページで度肝を抜かれました。
じゃあ書中の「マクドナルド」は、一体なんなんだ?

 

著者いはく、35歳になってマクドナルドでバイトしたほうがいい理由は、一般的なリーマン35歳に求められる部下マネジメントの技術が習得できるからである。この本は、30代無職・フリーターがバイト先にマクドを選ぶメリットを説く本ではない。大手広告代理店に勤める35歳の主人公が、上司から「1年間マクドでバイトしてこい」と超絶パワハラを受けて、やけっぱちで働き出す。バイト先にいるJKJDの諸先輩達から友情とシフト交代と接客の極意を学び、1年後にもとの会社へ復帰してその知見を活かす、という上からの組織論、上司とはこうあるべき論、ホワイトカラー基幹職の「へー現場から学ぶものもあるんだな」論であった。35歳で脱サラして、マクドでバイトしながら適当に生きよう論ではなかった。

マクドではマニュアルを徹底的に作り込む。どんな新人でも1ヵ月でまともに現場稼働できる最低限の技能レベルに達する。だから人が入れ替わってもサービスの質を一定に維持できるんだ、と主人公は感心する。僕はこれを社会学の先生にマックジョブと習った。技術の習得が早いとは、頭打ちも早いという意味だ。誰でもできる低熟練の作業に、社会が尊いと説く「働きがい」はない。「これで金がもらえるから仕方なくやってるがい」が募るのみである。

これはザ・工場的な仕事場で起こる問題ではない。

じぶんが巨大な機械の歯車、それも摩耗すればすぐに取り替えられ、廃棄処分にされるような、そういう事態は、現代のオフィス・ワークにおいてはいわば神経的なものになっていてじかに見えにくいかもしれないが、とても解消されたとはおもえない。
鷲田清一『だれのための仕事』

細君はテレワークで事務処理や電話対応をしている。出社せずに楽でいいな〜と思うが、より抽象的なレベルでは、僕らは大小の四角い機械のまえで、命じられるまま、規定のプロセスに従って、時間内に期待量の成果を出す工員に過ぎない。

教科書で、低熟練・低賃金の労働問題を学んでなにかを知った気でいた。しかしいざ使用人数10人以下の地方零細工場で働いてみると、マニュアルは存在せず、技術の指導も教育もままならない現場で、つねに人員不足と予算不足に悩まされている、下層経営体の実情がみえてくる。学生の頃は「マックジョブw」と草をはやしていたが、マクドナルドという世界の超一流企業の体制を、地方の下流企業の現場ワーカーとして羨ましく思う。「マックジョブ」は高級品だ。

 

 

 


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胸ポケットに花を挿して笑う。ほんとうにフィクショナルな存在は、自分か、社会か。