おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

死んでから悩もうぜ

 

・悩み深まる秋

やっとママチャリ直ったわ。コーナンの初売りセールで先着3台のチラシを見て、早朝から母を引っ張って店までいき、「お年玉くれ」とねだって1万円で買ってもらったチャリ。2回の事故とリムの歪み、買い直したタイヤの不一致、ブレーキユニットの破損、ワイヤの断裂。トータル1万円かけてやっと直った。

神さま仏さまから、自転車くらい自分で買え、と言われているのかな。作業中の写真を撮るのがブロガーの正しい心構えだけど、そんなこと頭の片隅にも置かないくらい修理に没頭してしまった。ブレーキワイヤの張りはほんの数ミリの違いで、レバーの握り心地に重大な変調をきたす。伝統農機「唐箕」をひっくり返したみたいなすげー大雑把な乗り物のくせして、意外と繊細なところがあるのが好きだわ。

朝一から早々に休日の予定を消化してしまって、あとは退職間もないおじさんのように放心状態であった。やることがないときに頭をもたげるのは、「果たして自分の生きる意味とはなにか」という一生答えが出そうにもない深刻すぎてバカバカしくすらある問いの一群である。「自分の仕事の意味はなにか」「なりたい自分とはなにか」「漫然とつきまとう寂しさはなにか」「このままずるずると現状維持を続けると、失敗の道を突き進むことになるのではないか」「なにか手を打たねば、という具体的な対象を欠いた焦燥感はいつまで続くのか」「どうやったら稼げるのか」「月曜の6時半からアラームに起こされずにすむ生活と、経済的な自立はどうすれば両立できるのか」「自分にとっての幸福とは、即物的にいって、いやな仕事を強制されずに暮らしていけて、なおかつ欲しいものが悩まず買える『宝くじが当たった人』状態にあることだが、果たして自分がその状況にあると仮定したとき、なお残る幸せの条件をこそ追求すべきなのに、何も見当たらないし、そんなもののために頑張ろうと思わないのはなぜか」等々。

 

・死んでから悩もうぜ

チハラトーク 2020年8月26日(後編)』(Amazon Prime)にチャンス大城がゲストで登場した。十数年前にまんが喫茶の看板持ちのバイトをしていたとき、前から路上生活者が彼に向かって歩いてきて、彼のむなぐらを掴み「おい! お互い、死んでから悩もうぜ」と言い放って消えたという。

問題の根源は、自分以外の人間が自分よりも幸福にみえることだろうか。LINEでは、近しい小中学の同級生6,7人で構成されたグループに入っている。引っ越した、車を買い替えた、新しいゴルフクラブを買った、子どもが大きくなった、部下を追い込んだら泣いた…等々、「人生」の正規ディーラーで紹介されるような男のライフステージの進捗を、刻々とタイムラインで見せられる。

交際相手の母の金でアパートに越し、車といえば親に買ってもらった自転車のみ、ゴルフを趣味にする収入も友達も上司もおらず、子どもを持てる余裕はなく、仕事場では僕より下に人はいない。順調に「まともな人生」を進み、キャリアと幸福を掴んでいる彼らと自分をくらべて、いかに自分がマヌケをやっているか、気に病む。おそらく彼らは幸せに見えるだけで、実際には大小さまざまな苦悩、人間が生きる上で必ずつきまとう苦痛にまみれているはずである。僕もはたからみれば十分に幸せな日々を送っている風に見えるのだろう。実際、生命の充溢というものは、仕事をしても、暇をしても、セックスをしても、人と話しても、寝ても覚めても、ついに訪れることはない。ああ死んでから悩めたら、どんなに幸せなことか。