おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

人生で大切なものはメルカリでした


・コーヒー

ドリップバッグ式のコーヒーを淹れるときに、紙の台座の高さが足りない、というかマグカップの深さが足りなくて苦労するのは、一袋でできるだけ大量に抽出したい貧乏性のせいでしょうか。台座に履かせる厚底ブーツみたいなパーツ「コーヒーハイール」を発明し、連日100円ショップで品切れの大ヒット、特許料でひと財産築いて人生早上がりです、おつありした、を空想するが、もうひとつカップを用意してコーヒーを移し替えれば解決でした。コーヒーメーカーで作るのが面倒でバッグを使うけど、結局お湯を手入れしたり、豆を蒸したりする手間がかかって、余計に時間がかかるんだよな…。

 


・人生で大切なものはメルカリでした

阪神競馬場の前を通ると、道路沿いにレイク、プロミス、アイフルアコム無人契約機の店舗が勢揃いしている。借金して競馬するのか、競馬したから借金するのか分からんけど、需要と供給がマッチしてるというか、人から借りた金でひと勝負張るって生き方はヒリつくよな。いまは入場規制で、どうしようもないオッサンの影はないんだけど、仁川駅から競馬場へ向かう道の横断歩道という横断歩道に警備員が4人体制で配置されている。かつて数万人の観客の安全を見守ったおっさんたちが、いまは地域に住んでいる通勤者やベビーカー主婦のまばらな通行を赤い警棒で守っている。守られているのは彼らの雇用であった。

今の嫁さんと同棲をはじめたとき、数ヶ月間は無職で、バイトの貯金が尽きると消費者金融から金を借りて家賃を捻出していた。安アパートの家賃を折半する、たった数万円の出費で資金ショートする財務はひどいものだが、それを男として情けないとかみっともないなどと思ったことはない。今だって稼いでいるのは嫁のほうである。「将来は養ってくれるわね?」が口癖で、「え?」と聞こえないふりをするのが僕の悪癖だ。使う意味でも稼ぐ意味でも金銭感覚がない。所持するモノや能力を金に換える知恵がない。経済とはつまるところ交換である。この交換のセンスを養うためにメルカリを始めた。

仕事場の先輩は帽子、Tシャツ、トレーナーを売ってすでに5,6万のメルペイ残高がある。「俺にとって服は投資だ」と言う。トレンドに合わせたハイブランドの限定品を、購入価格より高値で売り抜ける。僕はユニクロ、GUしか知らず、街を派手なスニーカーで練り歩く連中を「あわれな視覚至上主義者め、ゴム草履に金払ってら」とせせら笑うのだが、中古服の売買で利益を生むという発想に衝撃をうけた。「みんなが着てる安い服は売れへんで」。ゴミを着ているのは僕のほうであった。

本を1冊出品したら売れた。2冊目を出品したらまた売れた。お、おもろい。もっと売りたくなってくる。売るために買う、っていうせどりの妙味もちょっと分かるかも。なんか仕入れに行きたいもん。ゆくゆくは本のせどりで、じぶんの趣味を満たしつつ教養を高めつつ、必要な生活費だけを稼いで生きていくフリーランサーとしてYoutubeデビューして、「【実録】人生で本当に大切なものは○○でした!」みたいなタップ乞食のサムネで、自分で考えることをやめた暇人を大量に釣り上げて、自由の伝道師として一部の無気力フリーターや脱サラ起業を夢みる凡庸なサラリーマンに、有料記事、有料サロン、有料コンサルを提供する、2020年代でいちばんカックイー仕事に就いて将来、孫に言って聞かせてやりたい、おじいさんは何事も成し得なかったんだよ、と。