おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

貧乏暇なし

 

最近ブログ更新できてなくて、ブロガーとしての人格を忘れそうになる。僕が見せたいブロガーとしての自分は、斜に構えた虚無派で、上ずった現象、軽薄なはやり、ピアス金髪改造車を嫌い、コンセプチュアルな現代アート夏目漱石森鷗外ソクラテスプラトンアリストテレス、初期仏典は『スッタニパータ』、かんざしおかっぱ人力車を好む文化系知性派で、どちらかと言うと、みちょぱより麻木久仁子の出方をしたいと望んだものだ。

それがすっかり職業生活に忙殺されて、「ああはなりたくない」と学生時代に恨んだような、日々の生活に充溢して疑問を失った人々、ナスの値段やゴルフスコアばかり気にして、九鬼周造が論じた偶然性と必然性の微妙な違いに頭を悩ませない人々、交際、結婚、転居、新築、浮気、出産、育児、入学、賭博、借金、別居、離婚等々、人生の重大決定事項を豆腐を切り分ける軽やかさで突破し笑っていられる人々、ようするに世人へ、自分が近づきつつあることがわかる。日々の不安を不安と思う間もなく、カレンダーの月数が飛ぶ。いわゆる退屈を平和と言い換えた「平和な日常(死ぬ間際の回想でカットの部分)」が生に充満し、それを危機とすら思わない。いま僕を悩ませる最大の哲学的関心事といえば、Tポイントの使い方だ。やたらと貯まるくせに、どう使うのか分からない。

遅ればせながらの社会人生活も半年、フレッシャーなら20代の前半で経験する社会人としての慣れもダレも、30歳にして初めて経験している。学生時代はあれほど労働を敵視していたのに、いままで無遅刻無欠勤でやってこれたこと、自分の労働者としての適性に驚く。さて、看護師が病床で患者から聞く二大後悔といえば、「自分自身に正直な人生を送る勇気を持つべきだった」、「あれほど一生懸命に働かなければよかった」であるという。喫煙所の談話で、「就活してる? 卒業してどうするの?」と尋ねる仲良くないクラスメートに「親の遺産を運用して暮らしていくわ」と答えたとき、相手の男は犬の糞に緑の背中で照り返すハエを見る目だったが、僕の答えは間違いじゃなかった。スーパーで見切り品しか買わないケチくさい一家だ、半額のメロンを買ってきてジュルジュルに傷んだ中身を「なんでも腐りかけがうまい」とすする母だ、酒ギャンブル一切やらずに図書館で借りてきた「やすらぎを得るために」みたいな本を寝転がって読むのが趣味の父だ。そんな家のひとりっ子だ。黙っててもそれなりの金が転がり込んでくる、と待つのは甘すぎる見立てだろうか。僕に必要なのは、寝る間を惜しんでの労働ではなく、親よりも長生きするための健康である。自立はちゃんとした人間のやることであって、僕の仕事ではない。

最近『FIRE 最速で経済的自立を実現する方法』を読んだ。FIREとは、Financial Independence, Retire Earlyの略、経済的自立と早期リタイアだ。米国で一種のムーブメントになったが、結局中身は、ある程度の年収を持つ上位層(例に出てくるFIRE達成者は、テック企業のトップエンジニアや弁護士、証券会社のマネージャーだったりして、みんな年収1千万円はくだらないエリートたちだ)が、こつこつ貯金を投資に回して、ウン千万の運用資産を作り上げ、あとは投資を継続しつつ運用益でつつましく暮らしていく、という年収300万に満たないアンダークラスの僕には真似できない手法だ。

6万ドルの車は実際には6万ドル以上のコストがかかることも理解しておこう。将来の自分のために投資する機会をその分失うからだ。7%の複利であれば、6万ドルは10年で11万8029ドル、20年で23万218ドル、30年で45万6735ドルになるのだ! きょう買うその6万ドルの車は、あなたの数字に達するために45万6735ドル余分に貯蓄しなければならないほどの価値があるのか? 

とテンション高めに言うが、そもそも600万もする車を買おうと思わない。賃金労働を逃れ、株や不動産の不労所得で暮らしていく、というのは、ことばにするだけで甘美だ。投資しようにも元本となる余剰資金を稼ぐことに必死な身分では、6万ドルを30年後の45万ドルにしたいなんて欲求はなく、ただ今すぐ手元の金を増やしたい。貧乏人に夢を与えるのは、赤貧から成り上がった社長の成功譚ではなく、宝くじとFXだ。

宝くじは「無知への課税である」というパンチラインが強烈すぎてやる気がない。「1億円ここから出ました!」みたいな横断幕を張った小屋は、税務署の出張窓口に見える。そうなるとFXだ。YouTubeでFX関連の動画を見漁ることが趣味になった。どうしてFX界隈の人はみんな怪しく見えるんだろう。FXのバイナリーオプションでは、美人が顔を出して解説する。なぜ顔を出さなきゃいけないんだろう? 「必勝法」とか言うのに、どうしてその人は日本一の金持ちになっていないんだろう? そりゃFXで大金を手にする人もいるだろうが、成功者を見るたびに、大人数でのじゃんけん大会を思い出す。優勝者はたまたま出した手が場の状況にマッチしたから勝ち上がったのであって、じゃんけんがうまいわけじゃない。なかには「統計的分析では…」とじゃんけん工学のリサーチツールを駆使する人もいるだろうが、素人の気まぐれに敗れていく。だいたい勝ちとか負けとか言ってる時点で投資じゃねーんじゃねえの? パチンコ番組で「2万円投資の〜」とか言うときの、いやそれって投資じゃなくね?って感覚と同じだ。FX動画に、決まってあらわれるコメントが「勉強になりました」「次の取引から意識します」「ちょっとこれ有料級の情報じゃないですか?」なんていう喜びの声だ。なんだよ有料級って。いったいこの人はどれだけ有料の情報を掴まされているんだ。FXって、信じやすい人向けの教材ビジネス、サロンビジネスが主であって、有力な資産構築の手段じゃないんじゃないの? ちなみに僕も興味があったので、レバレッジ1倍でドルを1000通貨を買い、途中−500円に泣きそうになりながら、上がったところで売って+65円。つまんねーんだよこれ。下手くそなのでFXやめます。

ところでまじに株と不動産の勉強はじめた。わいは金が欲しいんや。明日は1円でも多く金持ちになってやるぞ、という欲望が、明日を前向きに生きる力になってくれる。金の執着が生の意欲であったか。なんで仏教書なんか読んでたんだ、『金融の基本』のほうが人生を豊かにしてくれるのに!

 

経済的自由とは突き詰めると、何が本当に自分に喜びをもたらすのか、何が自分にとって重要なのか、そういう問いに対して自分に正直になることだ。真に大切なことにお金を使い、そうでないことにはお金を節約しよう。そのほかのあらゆること――友人が何をしているのか、隣人が何を買っているのか、両親が何を言っているのか、同僚が何に散財しているのか――はただのノイズだ。

僕にとって真に大切なものとは、暇である。暇であるためには金がいる。金を稼ぐには暇を売らなきゃらなん。よーし、宝くじだ。だれかロト6の法則に関する有料級の情報をお持ちの方はいませんか。