おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

ママのデイ


母の日、30年間生きてきて、はじめてママに花を贈った。核家族の核に育ち、ずっと子どもでいたい、ママに愛されたいと願うピーターパン・シンドロームにしてマザコンと自己愛性ナントカラリティをかけ合わせたモンスターである。人から施されるのが当たり前だと思っても、人に何かをあげたり贈ったりするのは、ぜったいに嫌だ。

「ギバー(与える人)が成功する」というビジネス書の話題に馴染んでいる人にはうってつけの例だ。僕は根っからtakerであって、giverでない。アンダーテイカーであって、柳葉敏郎ではない。そして世俗的な成功とは程遠い人生だ。

ダイエーの花売り場で、母の日のマーチャンダイズをみる。ほどよくアレンジされた小ぶりの花束に「お母さんいつもありがとう」みたいなダサいメッセージポップが挿さった商材をみていた。これぐらいベタで、「ザ・」感あるほうが、母の日慣れしない息子には手に取りやすい。実際、この手の商品を買ってゆくのは、黒ジャージのイヤホン男か黒糖パンのような生足をさらす陸上部の女子中学生か、縁結びの神社巡りが趣味といった風のアラサーOLである。街の花屋で、愛想のいい店員さんと4ラリーの会話を経てカーネイションを買う手間を思うと、セルフレジでバーコードを読み取って、パッケージを持ち帰るほうが人見知り心理的に楽だ。しかしママも使うスーパーだ、もし母の日の花をスーパーで間に合わされたと知ったら、ママが悲しむかもしれない。フリーズする僕を見かねた彼女が「花屋に行ってくるから、ここで違うもの選んどいて」と店を出ていった。僕は酒好きのママのために、イベント用のワゴンに冷える淡路のクラフトビールを4本買った。

花屋の花はシンプルな茶色のザラ紙に包まれていた。そうそう、こういうことなんだよ。演出はいらない、花が主役なんだからラッピングはザラ紙で充分だ、と若手俳優の演劇論みたいなことを考えた。横で彼女が「花のある生活っていいよね」とこっちは平成ドラマのセリフ練習に夢中であった。たかだかガーベラとカーネーションが4本で1,000円超とは、広瀬すずも神社のすずに見える青サビの渋さだ、いやこれは気持ちの問題だ、いままで母の日を無視してきた自分の伝統を破壊する勇気の記念に。僕は今日からギバーになる、ギバちゃんの付き人となる。

 

 

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酒飲みは酒を飲む理由を欲しがる。阪神が勝った、阪神が負けた、阪神が引き分けた、阪神がキャンプ入りした、阪神がドラフトで獲った、阪神が笑った、阪神がぷかぷか浮かんだ、阪神がレンジフードにこびりついたから酒をあおる。ママは独り言で「最近飲んでへんからええな、この連休中も飲まんかってんからエラいよな」と何度も自己確認して、「せっかくやから飲むわ。こんなときは飲まないとあかん」と嫌々の顔で嬉々として栓を抜いていた。葛藤が声に出るのは、口主導でものを考える大阪のおばはんの典型だ。「母の日に花なんか買ったら、ものすごいお金とられるやろ。5月中でよかったのに。あんた賢く買い物せなあかんで」と花の値段を気にするところはさすがだ。ケチは遺伝する。そんなことを言っても、母の日に母の日らしいことをされて母は嬉しそうな顔である。人は、人の幸せそうな顔を見ることが幸せなのだ、とようよう分かってきた子どもの日でもあった。