おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

30歳フリーターは引きのあるステータスだ

 

僕を配送バイトに採用した人が「10代の応募もあったが、見送った」と話す。ひと月先に入った先輩は31歳だ。採用側からみて、この年代のフリーターがおいしいのは、体力があって多少の無理がきく、落ち着いていて無茶しない、どうせ暇だからシフトが組みやすい、法定基準の時給でも生活のために懸命に働く、仕事のない窮状を拾われた恩義から、忠誠を誓いやすい…等々の理由が考えられる。

フリーターは、その奮闘が全国2,000万人の非正規社員のおともだちのよしみを得るし、その苦闘が成功者のあわれみを誘う。地方で人材不足に苦しむ零細企業にとっても、ちぎっては捨てやすい、意外と引きのあるステータスだ。20代フリーターでは、夢の後光がさして迫真がない。30代フリーターで初めて字面にリアルな切迫感が出る。40代では悲壮感、50代ではひるがえって疾走感、60代ではもはや余裕感すら漂う。現場でも、主要キャストは6-70代の年金プレイヤーであり、残りは実家暮らしの31歳先輩、ひも同然の僕という、結局は余裕派で占められる。余裕というより余生派の老人は差しおいて、問題は状況を同じくする僕ら30代コンビである。

先輩は彼女との同居を目指して、親御さんへの挨拶のためにきちんとした仕事に就きたいと話す。僕の場合は、彼女の父が他界しており、かしこまった挨拶は不要、バイトの身分を恥ずる機会を失っている。独りならこのままバイトで4-50代のウェーブを乗りきる手もあるが、女という現実の重鎮、ぬか味噌のホームボタンと運命共同体になってしまったからには、赤貧洗うがごとしの苦果を味わわせるわけにもいかない。だから収入がいる。安定がいる。食洗機がいる。「わたしをパートにしてほしい」という希望を聞く。だから展望がいる。ボーナスがいる。珪藻土のバスマットがいる。そんな脱フリーター願望をうまく吸いとってくれるのが、正社員を謳い文句にした建設業に運送業、店長候補とはお仕着せの外食産業、社宅と社食を売りにした自動車工場の期間工であり、やりがいを約束する介護ビジネスであり、労働力人口の少ない過疎地域におけるあらゆる中小企業である。田舎に横たわる巨大めざしのような高速道路の出入口、そこだけあかつきやみに栄えた沿道に個室ビデオ店がある。「正社員募集 月給35万円~」という店前の垂れ幕に飛びつき、公式サイトの求人(1日10Hシフト週6日勤務)を睨み、真剣に悩む。

フリーターでなくなりそうだ。配送部門から品質管理部門(と書けば大げさだが、ようはパート従業員の手から落ちこぼれた雑務を拾いつつ電話番をする雑用係。この仕事は僕を採用してくれた社員が1人でやっている)へ移る話がある。異動にともない、時間給のバイトから月給の準社員になる。条件はまだ知らない。月の総労働時間を給与で割ったら、バイトの時給1,000円を下回るかもしれない。入社時にサインした雇用契約書は、時給などの諸条件が空欄になった、あとから担当者がミニロト感覚で数字を書き込む白紙委任状のような体裁のものだった。配送の仕事だというのに、まともに免許証すら確認されない。地方の零細に勤めるということは、お互いに、そういう賭けに乗ることなのだ。

誰が入ってひと月のアルバイターを、ニートとフリーターのミルフィーユを、非正規スパイラルの渦から逃れられない反社会人的勢力を(ちょっと待て、準社員も体のいい非正規じゃないか。準チョコレートではカカオの含有量が20%も違う)、引っぱり上げてくれるだろうか。実は僕をバイトに採り、準社員に誘ってくれた人というのが、幼少期に通った空手教室で仲良くした3個上のお兄ちゃん的存在だった人なんである。面接では気付かなかったが、名前でもしやと思い、尋ねたら人物が一致した。母がいじめ対策、心身の成長を願って習わせた空手教室が、まさか20年後に就職口の成果をもって結実するとは。人気者を嫌って、人脈というものを軽視してきたが、子どもの頃に作った人脈に、救われるとは。正拳突きが効いてくるとは。