おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

配送バイトは超絶シルバー

 

クリーニング店の配送バイトを始めた。店と洗濯工場を往復して汚れたカッターシャツの足になる。時給は1000円、1日80-120kmを走る。

メンバーは、60代後半〜70代前半のおじさん4人、最近入った1個上のイケメン先輩と僕の6人である。僕は彼女に寄生するひも、イケメン先輩は独身で実家暮らし、おじさん達は年金をもらう身で、暇つぶしと小遣い稼ぎのために来ている。歯抜けの跳び箱みたいな年齢構成と、それぞれ似た生活状況が示すのは、この仕事は食えないということだ。9-17時の週5で月収14万円。工場はパート主婦で成り立っている。この零細企業で自立するのは、工場主の一家だけだ。その彼らも連日の残業と、休日返上の業務で、貧乏暇なしである。

70代のおじさんは「これでワシら引退できるわ」と口にする。ほんまはワシらみたいな年寄りが運転したらあかんねん、危ないから会社から辞めろ言われてんねん、せやけど社長が良くしてくれて…。本来ならシルバーマークで周りの車に気を使ってもらう年齢なのに、運転はペーパードライバーの主婦やスマホ片手の若者よりしっかりしている。

 

2日目の朝、タイムカードを打刻して始業を待っていると、出勤したジーサンズに「おっ来たのか」と口にしないまでも意外な顔をされた。最近入ったバイト2人が即日飛んでいたのである。「1人は昼飯買いに行く言うてそっから連絡つかへん。あれは傑作やったな」。もう1人は、次の日から音信不通だ。彼らがバックレた理由もわかる。端的にいって、つまらないのである。1日で底がみえる仕事だ。

業務は、服の収集と離散だ。洗濯物を回収して、工場で洗い、店へ持っていく。洗浄・乾燥・アイロンは、場内のパートが熟練の技で仕上げる。アイロンのあたったパキッとしたカッターシャツが、工場を這い回る7メートルからのハンガーレールを流れるさまは、龍の移動を見るようで壮観である。僕らは下請け業者のように、レールに溜まった服をちびちびワゴン車に積み込んで運ぶ。それだけだ。1回のルートで、遠ければ片道45分かけて山間の1店舗、近ければ20kmの間にちょこちょこ10店舗を回る。午前は回収、午後は配達だ。クリーニング店のガラスに貼ってある「朝9時お預り 夕18時お渡し」を実現する仕事である。パシリの上位版だ。

初日でやめたくなる理由は、知らないおじさんと知らない車で知らない道を、どこへ行くとも知らされず、人質みたいにしおらしく、進む苦痛にある。助手席で無能者みたいにハイハイうなづき続ける苦悩にある。初心者だから見学に徹するのはわかるが、自分で状況をある程度コントロールできる環境に置かれて、ちゃんと仕事している感じがないと、嫌になってしまうものだ。

世代のズレに地下水のように湧くのが「わしらの若い頃は」を枕に持つ、一連の昔話である。これには「スゴイデンナ」「ホンマデスカ」「カンガエラレマヘン」をカードゲームのように交互に繰り出していれば、彼らの記憶が先に尽きる。大層に考えることはない。「ああ高校生に戻りたいわ。高校生に戻って女子高生と遊びたいわ」と上機嫌で話すときは、笑って聞き流していればよい(それにしても高校生に戻って女子高生と遊ぶという発想は、歳が離れた今だからこそ妄想してうま味のある欲望で、ほんとうは高校生に戻ったときに、小学生を相手にしなくちゃ、年齢の相対的距離が確保できないんじゃないか。60歳に戻って60歳の女と遊びたいと言う80歳のおじいさんがいるだろうか)。気まずい沈黙を救うカーラジオはFM802FM大阪といった、在阪のメジャーFM局ではなしに、やぶれ雑巾みたいな声の落語家が、50代の女性リスナーのはがき「ラグビー日本代表の活躍に刺激されて、先日からボクササイズ教室に通うようになりました」という報告に「チャンピオン目指して頑張ってください。レッツトライ」と返す地獄のようなAMラジオが選ばれる。ラジオトークに飽きたおじさんが「おミュージックでも聞こか」とチューニングを合わせるのは、演歌を流すAM局だ。男と女の愛別を歌う曲で、演歌独特のビブラートがアンアン反響する。僕は鹿児島からデコトラで陸路900kmを大阪までやってきた運転手の気分だった。「小林旭って知ってるか? 昭和40年、わしらの青春や」に、ハアと受け流すような返事をすると、退屈を悟ったおじさんが手帳型のカバーを折り曲げて、HUAWEIスマホダッシュボードへ、ちょうどナビみたいに載せて、YouTubeでロックを流し始めた。このオヤジ、演歌だけじゃなくJ-ROCKまで網羅しているのか、と驚くと、「孫がやってるバンドやねん」。シルバー世代と仕事場でつるむときに、決まって聞かされるのが孫自慢である。休憩中に横で音ありの動画を見始める。「え、何見てるんですか?」待ちは明らかなので、「え、何見てるんですか?」と言わねばならない。傾けて見せたのは、公園のバネ式の馬に揺られて遊ぶ黄色帽子の幼児である。「これ孫やねん」。かわいいですねえ。「仕事中に見るねん。そしたら癒やされるねん」。孫ハラである。孫ROCKは、どこかで聞いたような、でも聞いたことのない、よくある量産型ROCKだった。おじさんは孫ライブへ足を運んだが「うるさくてよく分からんかった」と言う。うるさい孫ROCKをやめて演歌ラジオに戻してほしい。小林旭が聞きたい、と思ったのはこのときが初めてだった。