おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

とにかく楽な仕事がしたい

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工場派遣の面接に行ってきた。月初に応募した病院の調理補助バイトは、電話口で「選考を進めさせてもらいます」と言われたきり連絡が途絶え、先日登録したバイト()は、「あなたの最寄駅にもお仕事多数! 」の文句とは裏腹に、盗み聞きする他人の面談や社員の電話によれば、それぞれ遠く離れた2拠点の物流倉庫の仕分け・梱包作業を奪い合う状況が浮かび上がってきた。家の近所で働きたいと思ったのに(交通費が出ないからだ)、電車で片道1時間の倉庫へ飛ばされるのはご免、毎日の電話を無視している。

この派遣会社では給与が午後4時に日払いされる。手続きで事務所を訪れたとき、パイプ椅子にかけて並ぶ十数人からの列に出っくわした。病院の待合室である。歯医者みたいに、受付台でイッと笑う小箱へ、診察券がわりに顔写真つきの社員証を入れる。すると出金係のOLが、カード番号を台帳に記入して、PCを眺め、大枚の入った分厚い銀行の封筒から所定の金額を抜きとり、甘ったるい声で「タナベさ〜ん」と呼ぶ。歯医者と違って、金の流れは逆方向、出ていく人の歯は悪いままだ。まことにこの行列が悲惨なんである。給与は週払いの銀行振込みと、日払いの現金手渡しが選べる。登録会には女性も半数参加したのに、歯医者にくるのは、横髪を脂でべっとり固めた、縫い目のほころぶ赤ラインの黒ジャージーの、ワンサイクル前にはやったケミカルウォッシュ・ジーンズを尾骨のかたちが浮くまでパツパツに穿いた、汚いおっさんばかりである。カップ酒をあおった赤面もあれば、終始だらしなく半開いた口から霊魂と知性の蒸発するままになっているのもいる。うつむいて胸を抱くように押し黙るもの、あたりを睨み、懐にしのばせたカッターを今にも振り回しかねない陰険な目つきのものもいる。その日、数千円の日銭で、なんとか夜を昼に繋ぐのである。体力が衰えたとき、労働力として必要とされなくなったとき、すぐにホームレスとなる社会の重力が、中年男たちの背中を引く。名も知れぬ派遣事務所には、「ワガママを叶える嬉しいお仕事がいっぱい♪♪」の貧困があった。

 

工場派遣の面接会場は、駅ビルの高層階。オフィスビルに出入りしたことがなく、エレベーターが低中層と高層に別れるのを知らず、休憩帰りのスーツ組を満載する箱に、ひとりGUのデニムスウェットと、ノース・フェイスのアイビーグリーンのウインドブレーカーの私服姿で、囲碁クラブに来たきゃりーぱみゅぱみゅの恥ずかしさであった。ほとんど各階停止の間欠的な上昇を繰り返して20階へ至る頃には、面接開始1分前、仕事紹介の前に管理能力の甘さが露呈する。

工場向け派遣のテストは、いかにも工場的だ。作業の機関である指と目の機能を執拗に確かめる。カラフルな水玉のなかに数字を見つける色覚異常のテストがあった。パステルカラーの円の集まりは、小粒の玉にフルーツフレーバーを閉じ込めた、Dippin' Dotsというアイスカップにそっくりである。面接官の女は、目尻のファンデーションがグランドキャニオンの水脈よりしたたかに亀裂した四十恰好の美人で、握った両手を机に置き、
「では私のするようにしてくださいね。まずは小指から」
干からびた白にんじんを並べてゆく。指が動くかどうか、もっと言えば、指の欠損がないかどうかの確認でもある。
「これは皆さんにお聞きするのですが、身体のどこかにタトゥーはありますか」
タトゥーがあったら、作業に支障が出るのだろうか。派遣先のクライアントは、候補者たちの信用度をタトゥーの有無によっても測るのである。工場では、そのあたりの社会的慣習の拘束がゆるいものとばかり思っていたが、そうでないところもあるようだ。10円玉サイズのサークルが5列2行で印刷されたシートへ、ネジとワッシャーを合体させ、こかさず円からハミ出さないように、ネジ頭を直立させていく。公務員試験でマークシートを塗るより難しい仕事である。老年になって衰える視力と弱る握力(そうだ、握力計を握らされて、右45kg左40kgと成人男性の平均を下回る結果が出た)、ふるえる指で精密作業に適さなくなる未来、適性検査でハネられる中年失業工員の限界を想像した。シートに雄々しく倒立した10本のネジによって、指先の器用は確かめられた。1から49の数字がランダムに割り振られた7×7マスの色紙を、順番に指でなぞりながら読み上げる。いち、にい、さん…と幼児が風呂場で勘定するような作業の稚拙さと、それをストップウォッチを握って凝視する女の業務上冷ややかな目線があいまって数字を見失い、
「これほんとに49までありますよね?」
と出題者側のミスを疑って面接官に突っかかった。
「哀れな羊飼いよ、羊は狼のエサとなりなん」

テスト終了後、来場記念のQUOカードが出てきた。
「来ただけで1000円貰えるのかよ。ちょろいもんだぜ」
臨時収入に笑いが止まらず、机にへばりついたカードをカリカリ爪でこそぎとるとき、これが目当てで来たわけじゃないという顔をするのに必死だった。

結果は不採用。いけると思ったのに涙が出そうだ。30歳。資格なしスキルなし経験なし。いやあ、ここから一発逆転とはいかずとも、三発同点くらいに持ち込めませんかね、解説の江川さん。