おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

ひさしぶりにブックオフ行ってきた

 

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アプリのポイント履歴を見たら、2ヵ月ぶりの買い物だった。最低でも週1は通って、本の売れた売れてない、常連のいやがるいやがらないを把握していたのに。

本を売るようになって、買うのがアホらしくなった。本は売らん。これはわいの築いた財産や、本の集積がわいの大衆にたいする知的優位性、かしこのもの言わぬ保証人となるんや、と言い切り、タンスから溢れ出る古本と古本のにおいを嫌がっていた親の「捨てたらどうや」という心ない発言にして正論にも対抗してきた。たしかに、築地市場で働く魚屋による鮮魚の見分け方や、ESP(超能力)は開発できる!と豪語するどっかの大学教授の本は、我ながら一読して二度と読み返すことのない駄書と認めるところではあった。というより、僕の知性を支える大部分の図書は、そういう本である。

実家を出、女のヒモとして自立とも言えぬ自立を達成するにあたり、本を処分したら、張っていた意地がぷっつり切れて、いらないものはどんどん売れ、売るようなものを初めから買うな、という発想に替わった。自分の売った本が、売値より高値で売り場に並んでいるのを見るのもなんか嫌で、店に入れないせいもあった。

 

安いものが欲しい。スーパーの値引きワゴンの人群れを見ると、現代人の買い物は、商品のクオリティやPRタレントの歯の白さではなく、値引きシール一枚に左右されるのではないかと思わされる。僕のおかんは、四天王寺へお参りに行くと、決まってブランドの古着を買ってくる。本人の言を借りれば「ホームレスがゴミ箱から拾ってきたものを売ってる」店で、200円のシャツを100円に値切って持って帰ってくる。家には着る体が足りないくらい服がある。家族は迷惑がっているが、本人はタグを見せて「ブランドや」「本物やで」と得意になっている。いくらブランドでも着ない服を買うのはムダだし、いくら安かろうが100円の集積も結構な損になる、と説得してもまったく聞く耳を持たない。
「やれやれだ」
僕は白い陰茎を甘いじりして、ぽつねんと別天地に飛んだ。清浄な頭で振り返ってみると、夏目漱石森鴎外幸田露伴永井荷風開高健筒井康隆、僕好みのブランド品をブックオフで(僕の感によると、乞食が拾ったのを売り、売ってあるのを買うような店で)100円だからといって、読みもしない本を買い集めている僕も、おかんと同じ癖なのである。
――こりゃ血だな――
と、諦める。

 

 


佐伯彰一他編『ポオ全集2』東京創元社
『ノンフィクション全集1(エルゾーク『処女峰アンナプルナ』,ヘイエルダール『コン・ティキ号探検記』,ヘディン『中央アジア探検記』)』筑摩書房
司馬遼太郎短編全集 一,二,七』文藝春秋
スウィフト『ガリヴァ旅行記新潮文庫
スタンダール赤と黒(上・下)』岩波文庫
小川環樹他訳『史記列伝 一』岩波文庫
ヴェーゲナー『大陸と海洋の起源(下)』岩波文庫
中野孝次編『三好達治随筆集』岩波文庫
松本哉永井荷風という生き方』集英社新書
小原信『状況倫理ノート』講談社現代新書


 

 

収穫は、読みたかった『ガリヴァ旅行記』(作者のスウィフトが文士として売れず、不満たらたら文句びちゃびちゃで、かなり性格の悪い奴だったと伝え聞き、人間性の部分で僕とがっつり合うのでは?と予感した)、それに『赤と黒』(これは小田切秀雄『文学概論』で、当時は相手にされなかった小説を、著者だけは50年後に評価されると信じ、実際そうなった。今では世界中で読み継がれている、というカッコイイ話(先進的な芸術家・科学者あるある)を聞いて欲しくなった)が手に入ったこと。ポオ全集は、3巻セットの1巻だけが売れていた。3巻目は詩集だから買わずの理由はまだしも解るが、どうして1巻2巻と続けて買わぬのだ。あとで見つけた人間が悔しい思いをするじゃないか。と怒っている自分が、20巻を超える筑摩のノンフィクション全集からお試しで第1巻だけを抜き盗るように買ってしまう。そういうことなんよ。

 

永井荷風の避妊のはなしをしよう。
随筆に次の一文がある。

わたくしは自ら制しがたい獣慾と情緒とのために、幾度となく婦女と同棲したことがあったが、避妊の法を実行することについては寸毫も怠る所がなかった。
荷風随筆集 下』岩波文庫

田舎の不良なら10代の失策で、おあと20年の学費と光熱費の捻出のために汗をかき泥をかぶらねばならず、趣味といえば「カッコイイ親父」という馬鹿みたいなイメージをつけて売られたミニバンを、盆栽のようにちまちま改造することだけ。その終末は病床で、息子夫婦と孫とに見守られながら、わしの人生何やったんかいな、と哲学的反省にふけることもないままに、一個男子としての生命を全うする。思えばあのときのうっかりミス、いや一回ぐらいナマでやってもいいだろうという気のゆるみ、栓のゆるみの一滴で始まった使役の旅であった。荷風は子どもを「三界の首枷」(過去・現在・未来にわたって自由を束縛するもの)とはっきり言い切る。子のできる可能性を排して、二度の結婚もすぐに破綻させて最後は死ぬまで独身を貫いた。孤独の趣味を徹底させる生き方は現代的で、退廃的で、かっこいい。というか、そんなことまでさらりと書いてしまう、あけすけなところもしびれる。

疑問がある。荷風はどうやって避妊したのか。ゴムかピルか外出しか。随筆に明記なく、ただ医者にこの方法の可否を尋ねたところ、男子機能に支障をきたすことはないとお墨付きをもらった、という意味深な報告が続いているだけだ。『永井荷風という生き方』に答えがある。

荷風は妻にはほとんど無関心。子供が出来ないよう、最初からコンドームを使用していたくらいだ。夫婦で相談してそうしていたのではない、荷風の一方的な行為だった。

ところで国産コンドームの製造は1909年に始まる。荷風が成人したのは1899年のことである。妻帯の時期(1912~)にはゴムも普及したろうが、それまでどうやって避妊したのだろうか。気になって古来の方法を調べると、動物の腸で包む、水銀を飲む、石でフタをする、和紙をかぶせる、亀の甲羅を使う(どうやって)、痛々しい技法の数々があり、開かれた女体の前で、まだ青白い文学青年が買ってきたミドリガメを手のひらの上でためつすがめつする様子を思い浮かべて、勝手に笑ったりしたのであるが。

 

僕は子どもが欲しくない。しかし未来、老人になってから、ああ子どもをつくっておけばよかったなあ、と涙目になりそうな気がする。子宝と言う。子はかすがいと言う。目にも痛くないと言う。バイト先の六十恰好の男は「君くらいの歳には、もう子どもが3人おったで」と言う。しかし荷風は随筆で、老いてますます子のないことをありがたく思うようになったと書いている。独身の選択をよくよく噛み締めて、余計な交際に時間をとられない自由を寿いでいる。自分に忠実な荷風の生きかたに、そうは言ってもその通りに生きられない僕は、癒される。超俗の精神とはこういうことを言うのだ。

永井荷風の生き方』の著者が鋭いなと思ったのは、荷風が死の前日まで日記「断腸亭日乗」を書き続けることができたのは、家人に見られる心配がなかったからだ、と分析しているところだ。手帳をつけたり、ブログを更新したりしていると、親や彼女に読まれているのでは、と冷や冷やする。コソコソ書くのは骨の折れる仕事だ。荷風の親類によれば、彼は文字を書くのに疲れを知らなかったという。一行でヘロヘロの僕もその体力が欲しい。父は高級官僚で生活の心配いらず。クソニートが、なにからなにまで憧れるぜ。