おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

弱で弱でる扇風機

 

扇風機の首がもげた。倒した拍子に割れたのでなく、なにげない首の調節で、モーターと支柱の接続部のプラスティックが、砂岩でできた紀元前の遺跡のようにボロボロ剥がれて、頭が取れてしまった。落ちた頭がズルズルと、首根っこから電気コードを引っ張ってくる。首の皮ならぬ血の管一本で繋がったまま、なんとか元の台座に乗っかっている。よく日光に曝された物干しハンガーが、わきがのようなにおいを放つことがあるが(人によってわきがのにおいと感じるものにはさまざまなる異同があり、それがわきがのにおいとして共通認識が成り立つところにわきがの神秘性がある)、日焼けして全体に黄ばみを帯びた扇風機にしてからが、風にのせてわきがのにおいを運んでくれる。

これは余談にして、書きにくいことだが、テレビの箱を捨てたときのことだ。居間用49インチ、梱包用の箱は畳一畳くらいある。ダンボールは切って小さくすれば、ゴミ出しも容易だが、問題はテレビの四方をがっちり固める、鉄骨みたいに太くて長い発泡スチロールだった。

折って短くするにも、英和和英の厚みで楽には折れないし、折れたにしても、パンッと乾いた破裂音(これがホントの発砲スチロール…)がして、何十回も炸裂させるのはさすがに迷惑だと思い、カッターをのこぎりのようにキュルキュル引いて、手ごろなサイズに切断していった。床には血しぶきのように白い粒が散乱した。密室でひとり淡々と、用済みになったでかいゴミを細かく切り刻んでいると、ああ人間を解体するときもこんな感じなんだ、と嫌な直観がはたらいた。憎悪もない。快楽もない。牛乳パックを開いて重ねるように、ただ処分しやすいかたちにカットする、効率化の仕事だ。

犯罪心理学の本によれば、バラバラ殺人を犯す人は、モノ化した人体を愛でるまったくの精神異常者というよりは、衝動的な犯行のあと、見つかったらどうしようと事件の発覚を恐れるあまり、死体をバラバラにしてしまう小心者が多いそうだ。もしやくざだったら、魂の箱を捨てるのに、いちいち指定のごみ袋に合うように切り分けるような、そんな面倒なことはしないだろう。余談の続きで、今思い出したことがある。小学2年のとき、新入生の入学祝いで、二つ折りの画用紙に色えんぴつと折り紙でメッセージカードをつくった。僕は画用紙いっぱいにその日朝のニュースで聞いて気に入った「バラバラさつじんじけん」と書いて、四肢の分裂した人物画のまわりに赤色の折り紙をふんだんに使った1枚を作りあげた。カードは先生の検閲をくぐり、不幸な新入生の手に渡ったが、それを見た彼の母親が「気持ち悪いから捨てなさい」と言ったのが、目にみえるようだ。この過去の事例と、今回の発泡スチロールバラバラ解体事件の着想をあわせ考えてみるに、僕はサイコパスなんじゃないかと、不安になっている。発達障害ということばが浸透して、自分もそうではないか、と精神科を訪ねる人が増えたというが、血だらけのアジをさばく魚屋へ行って、僕もサイコパスでしょうか、と訊いてみたいものだ。

首のすわらない扇風機は06年製にして、今月はじめて掃除の栄誉にあずかった。量販店で動作と清涼感の可視化のために、水色のビラビラを送風口にとりつけられた哀れな扇風機を見ることがあるが、まさにあれと同じように、カバーの網目からほこりをくっつけて総身灰色になった髪の毛の束が4,5本、はたはたとそよいでいた。いくらきたな好きの僕でも、こんな妖怪じみた扇風機ではさすがにまずいと思い、ブラシをあて水にさらすと、出るわ出るわほこりの山が。一見きれいな網の目から黒い毛玉がボトボト落ちる。羽の表面から黒い汁がじくじく垂れる。やっぱり10年の蓄積はすごいなあ、石の上にも3年、畳の上には5年、ももくり3年かぜ10年だなこりゃ。洗い終わった扇風機を稼動させると、弱が中であった。弱で以前の中の風量が出た。空気の通りみちが拡がり、風が遠くまで届くようになったのだ。僕はメンテナンスと機能回復の関係に、聞きかじりのどんな美談より感動した。

人はなめらかな失速を知らない。これはバイク整備でいつも思うことだ。じりじり劣化するオイル、じわじわ磨滅するタイヤ、じわりじわり消耗するプラグ、ベルト、ブレーキパッド。運転するたびにどんどん乗り心地は悪くなっているはずなのに、その下降があまりにゆるやかなために、いつもと同じだ、これで正常だと思ってのん気に進んでいる。だから、部品を換えたとき、こんなに乗りやすかったんだ、と驚くわけである。僕が恐ろしいと思うのは、このバイクの例、扇風機の件が、僕らの生活にも同様に起こっているらしいことだ。「現状維持は退歩である」と言うが、真実は逆である。ゆるやかな退歩が僕らの現状なのだ。新車の乗り味をキープする、3歳児の好奇心を保つことがどうして退歩なのか。現状維持は、毎月の劣化の引き落としからすれば、向上の振り込みである。その取引に自覚的でありたい。弱ボタンでちゃんと弱が出る扇風機になって、水色のビラビラを吹き遊びたい。