おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

やる気を出す方法

 

子どもの靴にピーピーする空気袋をつけたのは、どこのどいつだ。動きを知らせる警笛代わりになるからいい仕事だ。しかしイスのクッションを着席、離席のたびにピーピー鳴らす意味はどこにある。家具屋の子どもイスに「音が鳴るタイプです」とわざわざ店長の注意書きがしてあった。世間の親は音の鳴らないタイプをお求めかもしれない。こんな話をするのは、鼻づまりで呼吸のたびに顔の前へ子どもが座るからである。

無気力である。低気力ではなく無である。「あなたは0を1にする人間ですか、1を10にする人間ですか」という質問がある。これは数概念の発展から言って、10や100(ここで0を使う記数法がややこしければ十や百)という大きい数が考えられたずっと後になって0が発見されたのだから、「あなたは1から0を見つけられる人ですか」と訊くのが本来正しい。0→1はバカでもできる。バイトの1時間前まで徹夜でゲームして、ついに「熱が38.5℃あるのでいけません」と0を1にすることで、睡眠の黒あめをねぶることができる。無気力も気力から発見される。が、当人にとっちゃたまったもんじゃない。嘘でもつかにゃ、やってられんということさ。

それでも書くのは、真鍮ペンの劣化のため。ひと月後には運命の万年筆を見つけたと騒ぐだろうが、いまはこのペンだけが頼りだ。グローブならしのキャッチボールに付き合ってほしい。

作家のエッセイに妙に間延びした、よく言えばマッタリのほほん、逆にダラダラかったるい、長風呂に適しても茶を淹れるにはぬるすぎる小品を読まされることがある。先生、今度はノーパン喫茶で5枚頂きたいのですが、と雑誌社の人間が揉み手でやってくる。なるほど、最近ではマスクのことを顔に穿くパンツだと考える向きもあるそうで、うっかり夜道で遭遇するとこちらの方が「チカン」と騒ぎたくなるようなご婦人もいらっしゃるのは確かである…と適当なことを言っておれば、原稿用紙がそのまま紙幣に早変わり。家がお金の印刷工場になるなら、僕だって1のことを10と言い、ヘビの話を龍の伝説にすり替え、カップ麺を30分待ち、徒歩で行くのをバスで来たと報告する。えらい小説家に、エッセイは寄り道こそが本道だ、の名言もあるが(たぶん、だれか一人くらい言っただろう)、それは文字数稼ぎ、原稿料稼ぎの言い訳である。僕の場合は錆が金だ。ペンのかげりのために無駄話する。いまはこのペンだけが頼りなのだ。

僕の好きな作家(北杜夫開高健)は躁鬱傾向にあり、人を笑わせたり面白がらせる作風に反して、日々を鬱悶と過ごしている様を手記に見たりすると、作家の持病みたいなものをそこに確認するわけだが、僕は深刻な無気力に陥ったり、渾身気力に満ちたりすることがない。あこがれるクリエーターとの列席は書類審査で不合格だ。文章に就職するなら、学歴フィルターより神経フィルターの存在におびえなければならない。

伊集院光は自身がウツノミヤ(鬱期をそう呼ぶ)にさし掛かったとき、紙に書いた大目標=おしゃべりがうまくなる、とそれに続く小目標(たとえば外出して話のネタを見つける)を細かくリストアップして順々にこなしていくことで精神の回復をはかるらしい。深夜ラジオでは1人で2時間しゃべり続け、日中の帯番組ではお昼間の空気にあわせて適時打の笑いを量産する。その話術は、術というより人が及ばぬ芸であって、まだうまくなりたいと望む欲深さにはゾッとさせられる。僕もこの方法で無気力を脱したいが、そもそも目標がない。文章がうまくなりたいとも思わない。

江戸時代の文人画家、柳沢淇園(きえん)に『雲萍雑志』(うんぴょうざっし)という随筆がある。淇園は、引退した元指物師に、
「すべておもしろきことは足らぬところにありて、足り過ぎたるは雅なることなし」と言わせた。

茶室を作るのに松を使え、木材は節が7つあるものを選べと細かく注文をつける客の無粋をなじったことばである。文章力も、不足で間に合わせるところに味が出る。上手は上手で「はいそうですか。それは結構で」と言って言われるだけの茶道教室の卑屈に落ち着くだけだ。阪急梅田駅からJR大阪駅へ向かう動線上、勤めびとの兵隊行進の足並みの向こうで、そこだけ透明のウインドーで表と仕切られた一個の華道教室がある。ドラッグストアが人の目線を盗むべく、赤や黄いろのセリフを投げる横で、灰と黒のモノトーンで内外観を統一し、看板も出さない。控えめなレッスン案内の張り紙がなければ、検死室と見紛うようなアルミ台の清潔である。人々の往来を横目に、キツネの毛並みを頭に再現した役員の妻たちが、ランチの予約まで草木を生けて時間をつぶすのを見たとき、僕ははじめて身体に走るこの感覚が虫唾だとわかった。花が蛾であれ、枝はナナフシであれ、と願った。完成した趣味はやる本人は良くても、それを見る他人には興味なく腹立つばかり。文字を生けるのも、教室のみやびでなく、露天のさとびに道を求むるほうがかえって高雅でないか。

やりたことが見つからない人のために、子どもの頃に熱中したことを思い出せ、というアドバイスがある。僕は机にも本にも寄りつかなかった。勉強も読書も、僕が根っから情熱を傾ける対象ではない。血に無理をさせているのだ。この説によると、僕がもっとも自然に、努力を努力と思わず、なおそこから生きる活力まで得られる活動は、ゴミを漁ってエロ本を見つけること、になる。

高学年で家にPCが来るまで、エロの供給はもっぱら紙であった。20棟が連なる団地群で育った。数百世帯のゴミが、一挙にゴミ置き場へ集まる。それを盗みだすのである。どの置き場も小さな一軒家ほどある。コンクリ壁にアーチ状のトタンをのせた簡便な建物で、表には監獄にあるような鉄柵の門扉を備えた。大人は決まった曜日に開放される門から出入りするが、僕たち小人は、小さい図体を柵のすき間にすべり込ませて、日時を問わず出入りすることができた。僕らは生ゴミくさい寺子屋で、実写にマンガ、不倫にSM、排せつの原理から夕飯にでるあの野菜のめざましい使い方まで、ありとあらゆる教養を叩き込まれた。いまは仮病でバイトも休むが、僕はこのとき本当に熱が38℃あっても、いい授業があると仲間に聞くと、布団を出て学んだのである。若妻を得て回春する老人ではないが、あの頃の情熱を迎えて、血と欲をたぎらせたい。それがいまの無気力を救う唯一の方法なのだ。だから僕は本を求めてゴミを漁ろう。あの鉄柵のあいだに、まだこの頭が入るならば…!