おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

肌物家電

 

『この脳の謎、説明してください!』に、誠実さと創造性は両立するか、という話が出てくる。両立しないのである。ルールに従って物事を機械のようにこなす人は、方法を疑わない。つまり常識を破る暴力性=創造性に欠ける。「これは真実だ。規則を守り、締切に間に合わせようとするほど、あなたの創造性は失われる」。

ならば、遅刻して宿題も出さず、ビンゴ大会の景品をビンゴもせずに盗んでいたT君は、天才画家にも世界的学者にもなれたのに、ヤンキーして高校中退、白タオルを頭に巻いた作業着すがたで、仕事終わりに愛車の改造ミニバンで乗りつけたパチンコ屋で創造性を浪費しているわけだ。

締切厳守で非創造的に、を見たとき僕は小躍りした。これで書きたくないブログを書かずに済む。創造を先延ばしにするほど創造力が高まる。食べるだけダイエットならぬ作らないクリエイティブである。

待ってもスパークしない創造性にイラ立ってくる。もしや書かないと書けないのではないか? と気付いたときには、予約投稿の期限が迫っている。締切が創造性を奪うなんて大嘘じゃないか。

しかし細かい話をすると、本人が創造的であることと、その人の仕事が歴史にたいして創造的であることとは違う。ロバート・シールズというメモ魔の牧師は、生涯に3750万語(聖書45冊分)の日記を残したそうだが、誰にも顧みられていない。牧師は日記のルールに忠実だったのだ。僕も態度だけは創造的に、そしてふつうの日記を始めよう。

 

・・・

 

テクノさんに質問をもらった。

家に女の子を連れ込んでいいムードを作りたいのですが、いい家電を教えてください。加湿器は抜きで。

 

答え:

ムードづくりには白物家電です。

毎日使う電子レンジ、炊飯器、洗濯機をおしゃれなものにすることで、女は「素敵な生活ができるかもしれないわ」と思うものです。なかでもテレビ前にそっと置いてほしい白物家電が、電マです。さらば青春の光のコントに、電マの開発者がAV監督のもとへ文句を言いにいく話があります。
「この機械は本来、家族のいるリビングに堂々と置いておけるものだったんだ」と開発者は熱をこめて言いました。

家にホラ貝があっても、女性は浜辺のお土産かしらんと思うだけで、それが村西とおるのAVで、嬢が絶頂を知らせるべく吹かされた楽器だとは思い至りません。電マも10年後には、電レの横に立てかけてあっても、なんら違和感ない家電に成り下がるでしょう。それを「あらイヤだ。こんなところに電マがあるわ。何に使うのかしら。イヤだわ。にしても堂々と置いてあるのはどういうことかしら。まさか普通の用途に使うんじゃないでしょうね。あらイヤだわ、アタシったら普通じゃない用途のほうを普通だと思い込んでいるんだわ。マッサージ機なんだから部屋にあって当然じゃないの。イヤだわ、何か想像しちゃってるわアタシ。どういうことかしら、本心ではされたいとでも思っているのかしら。こうなったら使われても仕方ないわ。でも誰が使ったか知れないのは嫌だから、私のを持ってこればよかったわ」となります。戦前のドイツでは、裸体文化運動がはやり、エロいと思うほうがエロいという論理のもと、公然とポルノグラフィが流通していました。つまりわれわれは、ただの家電製品をエロいと思うほうがエロいとする電マ文化運動をここに展開するわけです。

 

使用上の注意。

面白がってずっとあてがっていたら、彼女がベッドから転げ落ちて、ベッドのへりに手をかけてうずくまり、
「あかんビリビリする、ビリビリするわー」と
自打球を受けた草野球のおっさんみたいに渋い顔でつぶやいた、その姿に幻滅して破局した友人がいました。機械を頼りすぎた結果の悲劇です。つまり、全くの比喩なしに、手を抜いてはならないということでしょう。