おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

【食評】黒フー

 

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食べものに興味がない。1日の栄養がとれる錠剤と、普通の3食があれば、僕は迷わずクスリを選ぶ。半熟たまごのハンバーグ。ナイフで突いたら粘着性の黄身の滝、とけたチーズが肉の岩肌からしみ出て、肉汁がクリームの三角州に虹色の石をばら撒く。そんなランチセットの接写に感動はない。石膏像の造形をもつ男、絵画の完成を誇る女が、飼いならしたピンクのヘビを壺口から出して遊ばせる。そんなハリウッドのキスシーンを見せられたゲイと、相似形のしらけムード。

 

 

 

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グルメ不感症の僕も、スーパーのバイトで百種の食品を並べるうちに、好奇心が出た。レビューが記事になるなら、およそ食品の数だけ、つまり無限にブログ更新できることに気付いた。ことばにならない味をあえて文字にする試みも楽しい(音楽もことばにできない。ベースが誰とかリズムがどうと説くのは分るが、洗練されたバイブレーションとかピュアな演奏って一体なんなん。その質感(クオリア)って共有できるのかな)。食事評のささやかな楽しみとして、どこかで大便のたとえをすると決めている。好物のカレー、コーヒー、チョコ、焼きそば、すべて茶色である。ブリの照り焼きもほほ肉の赤ワインプレゼも、みんなうんこの素なのだから、切り出した大理石にミケランジェロダヴィデの肉体を見るように、あらゆる食品のなかへうんこの影を認めるのにどんな異論があるだろう。黒糖フークレエについては、もう何も言わなくても分るはずだ。

 

 

 

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爪を立てると張り裂けそうな膨満感。握りつぶしたい。かわいらしくて、無力で、はかない存在を、手でぐしゃぐしゃに壊してしまいたい。
「パン並べてたら、ぎゅってやりたくならん?」
先輩の女性社員に訊かれて、
「なりませんよー」
と答えたが、あれは嘘であった。「私はなるけどなあ」と笑う女の冗談の先に虐待死の発展を見る。ソーセージパンは20個入荷しても、フークレエは2個しか来ない。開店直後に1つ買って帰るので、地域住民は残り1つをかけて争うことになるわけだ。実は誰も欲しがってなかったりして。

 

 

 

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素のまま抱えて帰る。遠目には革財布だ。軍手や雨ガッパと一緒にメットインに放り込んで家まで走るが、生春巻きより薄いビニールが途中で破けはしまいかとハラハラする。

 

 

 

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カマキリの背中のにおいがする。プルーストの『失われた時を求めて』では、マドレーヌの香りが語り手の記憶を呼びさます。車のフレグランスが乗り物酔いを再現し、ボディミストの薬品臭が化粧おわりの彼女の顔を描き出す。においと記憶とは仲の良い親戚だ。フークレエを嗅いでも、黒糖にまつわる思い出なんてひとつもない。それでもシンナーを吸うように鼻につけて袋を上下すると、退行催眠で前世の記憶が甦るように、さとうきびプランテーションでの奴隷労働が懐かしかった。

 

 

 

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フークレエには小分けのスリットが入っている。これをビニール越しに、ねちねち剥がすとき、ゴム手袋で食器の汚れを落とすときの、皮一枚隔てた疑似接触のエロスが立ち上がる。土まみれの野菜を見るより、医療器具を置くような白いトレイに、ビニールではりつけにされた野菜(まるでダミアン・ハーストの、水槽に生きたまま固定されたかにみえる動物(の死骸)のようなプロダクト)が、最高度の効率と、最高度の規格で売り場を完成するとき、美しさに打たれる。

 

 

 

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ソムリエ修行では、ワインを表現するのに香ばしいとか日光の降り注いだなんてありきたりの形容は避け、焦げたテニスボール、古い絵画、なじんだ革製品といった、ワインと無関係の連想を持ち出して味の立体化を試みる。それでいくとフークレエは、ナッツ、花火、スパイスカレー、水泳、ようかん、靴の中敷きである。要するに、これは言いにくいことだが、うまくもまずくもない。1品で1日の栄養が摂れるなら、僕は迷わず、きっちり3食食べることにする。空腹を満たすためだけにモゾモゾやっていると、暗黒未来の配給食料を食べている気になる(『スノーピアサー』で下層民に配られる黒いプロテインバーの正体は、ゴキブリであった)。

 

 

 

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消費期限との闘いは始まったばかり。
次回作にご期待下さい!