おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

本の物神崇拝から逃れるために

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丸谷才一は本をバラバラにして読む。

『思考のレッスン』にこんな話がある。 

僕は本をフェティシズムの対象にするつもりはまったくない。美本を愛蔵するといったような趣味はまったくありません。だから、平気で本に書き込みするし、破る、一冊の本を読みやすいようにバラバラにする(笑)。あれは出版社の人にはとてもいやがられるんだなあ(笑)p.163

インスタグラムの読書家は、本をできるだけオシャレに撮ろうと、背景やワンアイテムを工夫する。本をインテリア小物同然に扱っていて、フェティシズムここに極まれりといった感がある(僕もだけど)。

 

大事なのは、本という物体ではないんです。テクストを読んだとき、テクストと僕とのあいだで、ある種の幻想、観念が生じるわけでしょう。ロラン・バルトふうに言うと、テクストと読者とのあいだに電流が通じる。それがなければ単なる白い紙に黒いインキがついて汚れている物体にすぎないわけだから(笑) p.163-4

テクストが大事なら、それこそ文字が電流である電子書籍でよくね?と思うが、言及はなかった。初出が1998年だから、まだ普及してなかったか。でも丸谷さんは、紙製の本のほうが電子メディアにくらべて、知的操作における優位性があるみたいな主張しそうw

 

文庫本を読むときなどは、心置きなく破って、必要なところだけ切って読む。軽くて持ち運びにも便利だし、どこでも取り出して読める。とにかく本というものは、読まないで大事にとっておいたところでまったく意味はないんです。読むためのものなんだから、読みやすいように読めばいい。p.164

そりゃそうだけど、いざ本を破るとなったら勇気がいるなあ、とは思う。

先日の旅行で必要に迫られた。旅行中に読めるのはほんの数十ページ、まるまる1冊持っていくのは荷物だし、ほかの本も読みたい。そうか!こういうときに本を割いて持っていたら、好きなところをピックアップして持ち運べるんだ!と分冊化のメリットを実感した。

 

 

 

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 『レオナルド・ダ・ヴィンチ』サッパー。
わりと綺麗に上下にわかれるので、本フェチの僕も納得の出来ではあるw
分けたいページのあいだにカッターを何回か入れて、分断できたら、背表紙に補強用のテープを貼る。

 

 

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『緑雨警語』もサッパー。
難しい本が細くなるので、ぜんぶ読み通せる気がする。本の分断には精神的なメリットもあるんですね~。 

 

 

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なんかこの辺から割くことが楽しくなってくる。
ただ割くために割く。本の物神崇拝から逃れるために、本を割いたのに、これでは新しいフェチにまた飲み込まれてしまっている。

 

 

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 『禅海一瀾講話』もサッパー。
700ページ超の大著も4冊の小著に。
4冊に増えたと嘆くか、1冊200ページになったと喜ぶかはあなた次第。

 

学者気分で調子にのって持ち歩いていると…

 

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ページがガビガビになってしまう(悲)
表紙にガードされてないと、本ってこんな風になるんだね…。

ブックカバーもつけるにつけられないし、困った。でも大事なのはテクストだから、と自分に言い聞かせてショックから立ち直ろうとする。ぐしゃぐしゃになったらもう1冊買えばいいんだ…w

 

 

あとページも切りとり始めたけど、

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こっちはなんでもっと早くやらなかったんだって思うくらい良い!『思考のレッスン』の300ページが、オリジナル編集版で8ページ。これだけ読み返せばOKってのがめんどくさがり屋には最高です。

売れなくなっちゃうけどね。
物としての完全性にこだわってる人は、世界変わると思います。
読書は粉砕だ!