おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

人類最後のタクシーに乗る

 

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彼女と京都を満喫した――なんて気の抜けた一文で始まるブログなぞ、私は死んでも書きたくない。人の旅行記は、それがしおり通りに進めば天気すら恨めしく、トラブル続きなら一の不幸を十にする語り口に興ざめ、事実の羅列は墓標でやれと言いたいし、食事内容の発表はホームでなくトイレでやれと思う、トイレでやるならホテルでやるのを勧めるし、ホテルでやるなら私も混ぜろと頼みたい。だって穴はふたつある。

 

 

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高台寺は山にある。植村直己は、明日こそ登頂する、と手記に残してマッキンリーの雪間に消えた。プロジェクション・マッピングでヤンキーの原付バイク並に光る門前にあるのは、命の悲壮ではなく、大衆への媚び。

 

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幽妙遠大なる禅寺が全国のインスタグラマーに迎合するとは何事か、と怒る人もいるだろうが、仏教とは、いや広く宗教とは生活者のニーズを敏感にキャッチして、ひまつぶし、宝くじの願掛け、生きる意味など、各製品を確実な販売チャネルを通じて提供し、顧客のロイヤルティを高め、コーポレート・ブランドを確立してきた。要するにこれが市場適応のハイアラーキであり、PDCAサイクルであり、ブランド・ポートフォリオ・マネジメントであった。「年始の巫女バイト募集! 専門学校生、大学生、フリーターの女性~25歳くらいまで。経験人数2ケタまで可」であった。

私は寺の派手な集客戦略に「こういう目に映るわかりやすい感動を求めてるんだろ? ほら、やってやるよ。でもお前らはプロジェクターの光のように、現象面を上すべりしていくだけなんだ。一生かけても仏教の何たるかを知ることはできないね」という底意を感じた。秀吉と妻ねねの寺と言われてもピンと来ない。矢口真里と一般男性の挙式のほうがまだ真実味をもって迫る。ライトアップされた境内を見て回っても、色料がくすんで、ささくれだった木の柱に、万物いつか朽ちるという第一法則を読むだけだ。「順路→」に導かれるまま、ハイキングコースにある、杭に土を固めてつくった階段を登りに登って山頂に着く。労力に見合うだけのスポットライト、レーザー光線、ミラーボールの乱交が、巨大お堂の壁面で演じられると思いきや、あったのは暗く照らされた公衆便所のモップ入れ、ビルの合間に突如現れるいはくありげな廃屋、シルバニアファミリー街の浮浪者セットといった風の汚い小屋ふたつ。千利休の茶室である。あれが茶道の求めるわびの理想なら、体育館倉庫も、ショッピングモールの休憩室も、独身男が集う夕刻のほか弁もわびている。出口、拝観を終えたおばさんが「おもてのほうが綺麗だったわ」と嘆いた。

 

 

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4番の凶。これより不吉なみくじがあるだろうか。くそが、末吉なんか引くよりよっぽど話のネタになるわ、と破れかぶれで乗ったタクシーである。

 

もみあげに白髪混じりの40代、アナウンサーみたいな声でハキハキと喋るとき、上の臼歯の銀歯がチカチカする。顔は見えないが、乗務員紹介の肖像では、しわ少なく、肌つやの良い、目に子どもの光を残した男が、まじめに口を結んでいた。

京都駅まで道のり、うるさい車が後ろにつける。四条烏丸の交差点で、走り屋だと思った車に抜かれると、ナンバー458の赤いフェラーリだった。

「いや」
運転手の第一声は震えていた。
「すごいですねフェラーリ。あれで3000万円です」
「えー高い」
あいづちは彼女である。
「1番高いフェラーリっていくらか知ってます?」
「1億円くらいですか」
「フフ。56億です」
「うえー」2人で驚いた。
「じゃあクイズをしましょう。時計と車なら、どっちが高い思います」
新要素の時計だろう。うっかり正解して問いの興を削がなければいいが。
「んーわかんない」
うまい。よくやった。
「60億の時計です。時計じゃなくて、もう宝石ですわ」
「そんなのつけて外歩けないよね、怖くて」
「ですからね、日本でそんなものが買えるのはソフトバンクの孫さんだけですわ。なんせ資産2兆2000億ですよ」
「うわー」
私はリアクションに疲れてきた。フェラーリで始まった時は、車好きだと思ったのに、走り出すとただの巨額好きに変わった。フェラーリなんか乗りやがって。俺は会社のタクシーだ。バックミラーには貧乏ったらしい男と安っぽい女。こいつらの尻をせっせと運んで、やっと暮らせるだけの金になる。100億持ってりゃ、俺はあんな安物には乗らないね。と、空想で扱う金がどんどん膨らんでいるのが伝わってきた。

「野球の天才はイチロー、お笑いさんま、経済は孫さんですわ。孫さんがAIを作ってる会社を何百億もかけて買収してるでしょ。何年かしたら自動運転で、人とか物が運ばれます。もうトヨタが開発してますでしょ。アメリカじゃ、無人タクシーが20万キロ無事故やったんです。ですから、これが人類の乗る最後のタクシーですわ」
笑う男は、運転中に何度もこちらを振り向いて反応を確かめるのでハラハラした。はー、へー、すごいですねーの合間に、はからずも自動運転のメリットを知る。
「iPS細胞つくった山中教授っていはるでしょ。彼は特許もとらずに世界でどんどん研究してくれと言った。先生もええ人やからね。アメリカは民間で何百億という金を投じて研究してるのに、日本はぜんぜん金を回さんのですわ。日本の政治家はみなアホやからね。それであいつら何もせんと、年収1億ありますからね」
ハンドルを握る手に力が入る。
「よく訊かれるんですわ。なんでそんなにいろんなこと知ってるのって。僕はね、国際政治とテクノロジーの勉強が趣味なんです。国際政治とテクノロジーの勉強しますとね、世界が見えてくるわけです。ですからね、僕と話が合うのは京大の教授、それも優秀な先生だけなんですわ。なんでタクシーの運転手してるのって驚かれますけど、それはまあ、誰でもそうですけど、生活の事情ってものがありますでしょ」

車は駅へすべり込んでいく。運転手がフェラーリよりうるさい排気口を持つせいで、私たちは復路を歩き通したみたいにぐったりした。話に夢中の男の手荒な運転に酔い、うっかり口から「大学教授としか話が合わないって、うちらと合ってますがな」が出そうになる。
「ほな、ここでよろしいか」
1,170円――料金メータは夢を見なかった。