おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

30歳のワシ、とろけるようなバイトがしたい


地元クリーニング店でのバイトが決まった。あんまり書くとバレるのが怖いが、誰も見ちゃいない弱小ブログの強みを生かして真正面から取り組もう。

ルート配送のドライバーだ。仕上げた衣服を店へ配送する。近隣の加盟店は2,3店で、1日2往復だとしても、午前中に終わりそうな作業量だ。案の定「工場内の仕事もやってほしい」と言う。キッチンとホールの兼務だ。運ぶ物がある時は運び、ない時は洗濯や糊づけ、アイロンの作業を行うようだ。

工場は駅前コンビニくらいの大きさで、昭和から三時代の風化を受けている。面接場の応接室(といっても、小学校の先生が使うような、引き出しが冷蔵庫よりでかいオフィスデスクにパイプ椅子、ニトリの白いカラーボックスにはホコリだらけのファイル群。ここが応接間だと主張できる証拠に、茶色のビニール張りソファが置いてある)へ案内されるとき、建物の随所に穴、傷、散乱があり、クリーニング店のクリーニングが先だと思った。初めて来た気がしないのは、ミナミの帝王竹内力らが乗り込む、資金繰りに困った町工場の情景にそっくりだからである。雑誌で特集される先進的なオフィス、社員の休息と生産性向上のために、アメーバみたいなソファや畳張りの瞑想室を置くような会社とは、僕は生涯無縁なんだろう。通りがかりに給湯室をちら見すると、連結した長机のテーブルクロスの上に、パート従業員が持参した2段式の弁当箱が、墓石のように整列していた。

自分と数個も年が変わらない(上か下かも分からない同年代の)男性社員に、働かせてくださいと頭を下げる。ゼロプライドである。チェーン店を統括する本社の人間か、親の立ち上げた工場の二代目で、個人では経営の立ち行かなくなった会社を、大手に吸収されることで延命した事業を継いだのか知らない。とにかく若くして工場の責任者となった偉い人物だ。履歴書の大学院中退をみて「えっめっちゃ高学歴ですやん、何してるんですかこんなところで」と驚かれ、「いやあ学歴なんか金で買えるしょうもない肩書きですわ」と自虐する。たしかに僕はクリーニング工場で働くには、全雇用者の学歴平均(おそらく高卒)からみて、相対的にオーバーエデュケイテッド(over-educated:その仕事をするには教育されすぎている。どうだい高学歴っぽいだろう?)に違いない。ただしここが東京大学やマックス・プランク研究所なら、働くにはあまりに低学歴なわけで、べつにこれから仲間になるだろう、場内でアイロンを握るパート主婦や、おじいさんと比べて、自分の教育年数がむだに長いことを誇りに思ったりしない。尊敬できる人間かどうかは、教育度とほとんど無関係に決まるものだ。「どうしてここへ?」の答えは家からの近さだ。ほんとは家からゼロ距離、自宅のラグマットに寝そべって30分に1回みかんを剥く激務をこなしたいのだが、あいにくそんな仕事はタウンワークに載っていない。

その日のうちに電話がきて採用が決まった。30歳で業界未経験という闇スペックだと、どこも雇ってくれないと悲観していたが、働く場所が見つかった。最低時給と、社会人としての最低労働習慣が確保された。ここから一歩ずつ前に進みたいが、次の着地点が見つからない。スーパーのバイトの先輩、地元のヤンキー工業高卒60代の元トラックドライバーから「若いうちに資格だけは取っとけよ、手に職つけたら食いっぱぐれへんからな」とよく説教された。毎日のようにハイハイ受け流していた年寄りの典型的なありがた迷惑なお話が今になって耳に痛い。『独身・無職者のリアル』 (扶桑社新書)に、就職が決まったひきこもり青年の話がある。幼い頃からイジメに遭い、不登校がちになり、友達づくりも苦手、大学中退の27歳の男性は、バイトの経験すらなく、田舎で求人も限られるなか、中小企業の経理に採用された。担当者は、彼が持つファイナンシャルプランナーの資格を買ったのだ。職歴なしでも採用が決まる資格のパワーの目の当たりにして、僕もさっそくファイナンシャルプランナーになろうと思った。しかし、無職・無収入・無貯金の、自分のライフプランすら立てられない男が、他人のファイナンシャルをプランする矛盾に笑ってしまった。社労士から占い師までの範囲で、なにか自分にできそうなことはないか探している。

 

求人サイトに「時給1500円~ 新築オフィスでデータ入力作業 9-17時他 シフト選べます。土日祝休」みたいな、ホワイトバイトが載っている。同じ派遣会社が何件も似たような「温泉施設の予約情報の入力」「会員登録者のデータ入力」「電話対応なし スマホゲーム利用者の情報管理」という、コミュ障向けの座ってできる事務作業の求人を出している。とにかく楽して稼ぎたい、なんだったら働かずして賃金をせしめたいと思う僕は、これが天職だと感銘を受けて、すぐ応募した。情報送信のわずか5分後に受付センターから本人確認と登録会の予約案内の電話が来た。このとき男性オペレーターの、まるで文面を読み上げるような機械的な対応、ほとんど自動再生テープに似た無感情のベルトコンベアワークに「あれ?」と思った。

登録会当日は、クリーニング店の面接とダブルヘッダーだ。ここ1年間で日に2件と予定がなかった僕は、あせっていた。午前中の10分の面接の疲れを癒やすために2時間も昼寝してしまった。14時からの登録会「時間厳守!5分前の着席をお願いします」の指示を守れないことが、最寄り駅前のグーグル検索で判った。マップによる目標地点到達時刻は13時57分、いまやってきた電車に乗り損ねると、次発の急行で14時04分の到着。僕は改札を通らぬまま、電車を見送った。事情説明の電話を入れるべく社名をググると、会社の評判1.1★☆☆☆☆が出てきた。評者いはく「時給1600円の事務作業だと聞かされて行ったら、すでに応募は終了してると言われ、まったく希望に沿わない仕事を紹介された」「登録会ではビデオを見るだけで、詳しい説明がないままに、経歴書や口座情報、扶養控除の申請書を提出させられて、あとは求人広告でみたものとは違う、悪条件の案件ばかり紹介されました」「気をつけてください、この会社は釣り求人を掲載して、登録者を増やしたいだけです」という悪評が十数件書き込まれていた。なるほど、電話口の男の違和感は、人間が嘘を言うときの無感動だったのだ。過去に同じような派遣登録会に参加して、「あなたの最寄り駅にもお仕事多数!」が嘘だとわかり、馬鹿を見た。これも同じ手口だ。零細派遣会社が、労働者の賃金を中抜きして利ざやを多く稼ぐには、とにかく登録者を増やして、クライアントの発注に欠員の出ぬよう最大限の人員を投入せねばならない。危うく釣られるところであった。同じ釣りでも「初日は時給5,555円!」みたいなパチンコ求人のようにやってほしいものだ。

これに比べたらクリーニング店の場内作業ありの実情は、産地偽装でいえば三重県産が奈良県産だった位のものである。ドライバー募集の面接なのに、免許証は一切確認されず、書面のやりとりもなく、「じゃあまた2日の8時半ぐらいに、動きやすい格好で」というぼんやり感で仕事が決まった。僕が気に入ったのは、8時半ぐらいのぐらいである。僕は「ぐらい」が好きなのだ。5分前着席!時間厳守!とやられるより、5分前ぐらいに座る感じが好きなのだ。


同棲中の彼女はフルタイムの契約社員で薄給の事務OLをやっている。彼女のライフプランを勝手に想像すると、いまは共働きで貯金しつつ、ゆくゆくは育児でしばらくの専業主婦、子育てが一段落したら近所のだんご屋で餡を練るパートでもしながら、近所のおばはん連中と手芸クラブに通い、Windows98スクリーンセーバーみたいな色合いのニット帽を編んで、親戚の子どもにプレゼントして煙たがられる未来図を描いている。だから僕には、アルバイト以上の安定した雇用、令和の時代に正社員なら安定かと言われたら微妙だろうが、とにかく世間体的にも親の顔色をうかがう意味でも、契約社員以上の雇用形態で働いてほしい、という圧力がかかっている。たいして僕は責任を負いたくないし、きょうは何もすることがなくて暇だと思えるだけの仕事量と、時給1,000円に見合った欲望のスケールで生きていたい。たまに働いて、あとは寝たり起きたり、テレビのトレンド番組に「あほくさ、なにがタピオカ入りのたこ焼きやねん」とツッコミを入れたい。近所の公園に定時刻の定位置で、あのジジイまた来てるわ、と小学生にうとまれるような老人になりたい。これがもう一方の堕落の引力である。

危機感がないのは、適当にやっていてもホームレスにならない事情があるからだ。18歳から勤続する公務員家庭のひとりっ子、それだけでもパパママへの甘えを生むに十分な環境だが、両親はそれぞれ長男長女で、彼らの生家、つまり祖父母の家は、彼らが相続することが決まっている。何かあっても屋根つきの家で寝られるだろうと思っているのである。ある日竹内力がやってきて、借りた金返せへんいうんなら担保にしたこの土地はわしらのもんになるさかいに、と言われても恐れることはない。nendoの佐藤オオキが著書で、学生時代にホームレスと飲んだとき、彼らがブルーシートの自宅に、発電機とテレビと炊飯器、暖房器具、照明器具、小さな冷蔵庫まで、あらゆる必要家電を備え、なに不自由なく暮らしているのをみたとき、たとえ事業で失敗して無一文になっても死ぬことはないと確信し、デザインの世界で勝負する気になったと書いていた。この話をうのみにするなら、恐れるものは何もない。怖いのは、アマゾンビデオで野性爆弾のワールドチャネリングが観られなくなることだけだ。

仮にいま彼女と別れて実家に戻ると、引きこもりのニート、最近ではスネップという言葉もあるようだ(Solitary non-employed persons. 家族以外の人間と定期的な接触を持たない孤独な無業者)になって、えんえんと世の中を恨み、やけを起こして他人を巻きこんで事件を起こすか、発狂しても狂人がいるとバレたくない親族によって小部屋へ幽閉されてしまうか、である。このまま彼女と家庭をつくると、もろもろの必要のために仕事に埋没する企業人となって、「まとも」な人間になることができる。好きなことで起業!なんていう思考の袋小路を行くより、あきらめて働いたほうが、自分でなにかを考えたり、リスクをとったりするのが苦手な人間には向いている。ああどうしたらいいんだか。

 

 

とにかく楽な仕事がしたい

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工場派遣の面接に行ってきた。月初に応募した病院の調理補助バイトは、電話口で「選考を進めさせてもらいます」と言われたきり連絡が途絶え、先日登録したバイト()は、「あなたの最寄駅にもお仕事多数! 」の文句とは裏腹に、盗み聞きする他人の面談や社員の電話によれば、それぞれ遠く離れた2拠点の物流倉庫の仕分け・梱包作業を奪い合う状況が浮かび上がってきた。家の近所で働きたいと思ったのに(交通費が出ないからだ)、電車で片道1時間の倉庫へ飛ばされるのはご免、毎日の電話を無視している。

この派遣会社では給与が午後4時に日払いされる。手続きで事務所を訪れたとき、パイプ椅子にかけて並ぶ十数人からの列に出っくわした。病院の待合室である。歯医者みたいに、受付台でイッと笑う小箱へ、診察券がわりに顔写真つきの社員証を入れる。すると出金係のOLが、カード番号を台帳に記入して、PCを眺め、大枚の入った分厚い銀行の封筒から所定の金額を抜きとり、甘ったるい声で「タナベさ〜ん」と呼ぶ。歯医者と違って、金の流れは逆方向、出ていく人の歯は悪いままだ。まことにこの行列が悲惨なんである。給与は週払いの銀行振込みと、日払いの現金手渡しが選べる。登録会には女性も半数参加したのに、歯医者にくるのは、横髪を脂でべっとり固めた、縫い目のほころぶ赤ラインの黒ジャージーの、ワンサイクル前にはやったケミカルウォッシュ・ジーンズを尾骨のかたちが浮くまでパツパツに穿いた、汚いおっさんばかりである。カップ酒をあおった赤面もあれば、終始だらしなく半開いた口から霊魂と知性の蒸発するままになっているのもいる。うつむいて胸を抱くように押し黙るもの、あたりを睨み、懐にしのばせたカッターを今にも振り回しかねない陰険な目つきのものもいる。その日、数千円の日銭で、なんとか夜を昼に繋ぐのである。体力が衰えたとき、労働力として必要とされなくなったとき、すぐにホームレスとなる社会の重力が、中年男たちの背中を引く。名も知れぬ派遣事務所には、「ワガママを叶える嬉しいお仕事がいっぱい♪♪」の貧困があった。

 

工場派遣の面接会場は、駅ビルの高層階。オフィスビルに出入りしたことがなく、エレベーターが低中層と高層に別れるのを知らず、休憩帰りのスーツ組を満載する箱に、ひとりGUのデニムスウェットと、ノース・フェイスのアイビーグリーンのウインドブレーカーの私服姿で、囲碁クラブに来たきゃりーぱみゅぱみゅの恥ずかしさであった。ほとんど各階停止の間欠的な上昇を繰り返して20階へ至る頃には、面接開始1分前、仕事紹介の前に管理能力の甘さが露呈する。

工場向け派遣のテストは、いかにも工場的だ。作業の機関である指と目の機能を執拗に確かめる。カラフルな水玉のなかに数字を見つける色覚異常のテストがあった。パステルカラーの円の集まりは、小粒の玉にフルーツフレーバーを閉じ込めた、Dippin' Dotsというアイスカップにそっくりである。面接官の女は、目尻のファンデーションがグランドキャニオンの水脈よりしたたかに亀裂した四十恰好の美人で、握った両手を机に置き、
「では私のするようにしてくださいね。まずは小指から」
干からびた白にんじんを並べてゆく。指が動くかどうか、もっと言えば、指の欠損がないかどうかの確認でもある。
「これは皆さんにお聞きするのですが、身体のどこかにタトゥーはありますか」
タトゥーがあったら、作業に支障が出るのだろうか。派遣先のクライアントは、候補者たちの信用度をタトゥーの有無によっても測るのである。工場では、そのあたりの社会的慣習の拘束がゆるいものとばかり思っていたが、そうでないところもあるようだ。10円玉サイズのサークルが5列2行で印刷されたシートへ、ネジとワッシャーを合体させ、こかさず円からハミ出さないように、ネジ頭を直立させていく。公務員試験でマークシートを塗るより難しい仕事である。老年になって衰える視力と弱る握力(そうだ、握力計を握らされて、右45kg左40kgと成人男性の平均を下回る結果が出た)、ふるえる指で精密作業に適さなくなる未来、適性検査でハネられる中年失業工員の限界を想像した。シートに雄々しく倒立した10本のネジによって、指先の器用は確かめられた。1から49の数字がランダムに割り振られた7×7マスの色紙を、順番に指でなぞりながら読み上げる。いち、にい、さん…と幼児が風呂場で勘定するような作業の稚拙さと、それをストップウォッチを握って凝視する女の業務上冷ややかな目線があいまって数字を見失い、
「これほんとに49までありますよね?」
と出題者側のミスを疑って面接官に突っかかった。
「哀れな羊飼いよ、羊は狼のエサとなりなん」

テスト終了後、来場記念のQUOカードが出てきた。
「来ただけで1000円貰えるのかよ。ちょろいもんだぜ」
臨時収入に笑いが止まらず、机にへばりついたカードをカリカリ爪でこそぎとるとき、これが目当てで来たわけじゃないという顔をするのに必死だった。

結果は不採用。いけると思ったのに涙が出そうだ。30歳。資格なしスキルなし経験なし。いやあ、ここから一発逆転とはいかずとも、三発同点くらいに持ち込めませんかね、解説の江川さん。