おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

ぬるい耳栓が許せない

f:id:gmor:20180727163433j:image

100均で買った耳栓が栓の役割を果たさない。長らく店に放置されていたのか、スポンジの両端が劣化して、触ると生焼けのクッキーみたいに硬軟の差がある。伸縮にも差が出るので、何度か押しつぶしただけで境目に亀裂ができた。ちぎれた耳栓の片われが外耳道にとり残される恐怖を思う。園児のとき、ままごと用のご飯つぶを鼻に入れて取り出せなくなり1週間鼻水が止まらなかった。鼻水の次は耳水というわけだ。遮音性はまるでない。人の話し声、靴音、車バイクの走行音、自動ドア、クーラー、レジ、調理器具の動作音、鳥の鳴き声、アリの足音、小川のせせらぎ、鯉の排尿、陰毛の成長、ヒトラーの肉声、水虫の宴会、政治家の密談、電離層の通信、ラブホテルの交渉、そんな音波が文字どおり耳に筒抜けである。

 

 

f:id:gmor:20180727163425j:image

西宮ガーデンズのラーメン屋で飯を喰っていると、となりの母娘のオババが、出てきたラーメンに箸もつけずに「ぬるい。新しいのに替えてちょうだい」と2本指でラーメン鉢を店員のほうに押しやった。困った学生バイトが厨房に引き下がると、代わりにコック帽をかぶった料理長が出てくる。
「お気に召さない点がありましたでしょうか」
「ラーメンがぬるいんです」
「ぬるい…」
やれ髪の毛だ、やれ虫だと言われることはあっても、ぬるいのクレームは初めてだ。スープは大きな寸胴でいっしょくたに煮るので温度は一定、スープが冷めるほど給仕が遅れたとも考えられないし…と言葉につまる料理長の頭のなかが透けて見えるようだ。ちなみに僕のラーメンはちょうどいい温かさだった。
「だいたいラーメンっていうのは熱いものと決まってるでしょ? もっとこう出てきたときに湯気がもわーっと立つような感じじゃないとラーメンとは言えません。作り直してちょうだい」
オババがたたみかける。料理長が首をかしげながらラーメンを持ち去るところで僕は娘を見た。「お母さん恥ずかしいことやめてよ。うちの母が変なこと言ってほんとすみません」の顔ではなく、これが当然のサービスだわと言わんばかりの丸顔だった。高級中華店ならわかるが、1杯700円のラーメン屋でなにを偉そうにふんぞり返っているのか。味が温度が接客が気にくわないなら食べずに店を出ればいいものを。自分たちの人間的ぬるさには母娘ともども気付かないでいるのである。僕は安物でしくじっても怒らない人物でいたいものだ、と思うが、今108円の耳栓に怒り狂っている。許さない。絶対に許さないのである。

 

 

f:id:gmor:20180727163443j:image

色んな耳栓を試すが、耳を覆ったほうがいいと気付き、イヤマフを買う。部分入れ歯より総入れ歯、ハゲには黒い粉より載せる式である。もくろみどおり効果は絶大で、セミが鳴き止んだ。レイチェル・カーソン流に言えば沈黙の夏である。パソコン、クーラー、扇風機、家のあらゆる家電の音が消えるので、スティーブン・セガール主演、沈黙の要塞である。耳栓+イヤマフでは、あまりの無音にかえって集中が妨げられる。男は静寂を求めた。外部の音をすべて遮断した部屋で、しかし最後に心音だけが耳に残り、エンピツで胸を突いて絶命と同時に念願の静寂を手に入れる、という話を世にも奇妙な物語でみた。ほんとうに脈拍、骨の動く音、内臓の稼働音、つばをのむ音、鼻を行き来する空気の擦過音が、最後の騒音となって耳に響く。結局人は自らが音をたてる存在であり、感覚器官がふつうに機能する限り、音からは逃れられない。100均の耳栓は、逃避の無意味を教えてくれたのだ。しかし工場長、さすがにこの耳栓ぬるくないですか。