おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

トイレすごカス あべのハルカス

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家から見える高い建物は、東京近郊に住む人ならスカイツリー、札幌市民はさっぽろテレビ塔、パリ在住ならエッフェル塔、ドラマ好きなら白い巨塔、太った女は角砂糖と決まっているが、大阪人ならあべのハルカスだ。みんな親しみをこめてカスと呼び習わす。

カスは天王寺に立つ。周辺は四天王寺のお参りでガンを治したい病人、キューズモールでデートする学生、動物園へキリンを見にきた親子、広場の平らな石段をめぐって小競り合いするホームレス、飛田新地のちょんの間で精気を発射する男たち、老いも若きもないまぜのゴミ屋敷みたいな場所で、ハルカスだけが潔癖なまでに都会の洗練を保っている。地下街に口を開けたエレベータホールは、壁も黒、床も黒。明るさ、きれいさ、清潔さをモットーとする古くさい乳白色の商店とは格が違うとでも言いたげだ。「黒を着こなすにはカラフルなパーソナリティが必要なの」とファッション誌の受け売りを語る女を見るようである。

 

バカとけむりは高いところに登りたがる。これまで東京タワー、スカイツリー梅田スカイビルに登った。ヒューマンドラマじゃ泣けないが高所の見晴らしは胸をつく。僕のこころの網膜は人間模様を映さない。ハルカスの感動も、人の少なさにあった。

チケットカウンターは3人体制で待ち受けるが、どこもガラ空きだ。待ち列なし待ち人なし。そもそもチケット売り場に向かう人がいない。だってフロアに人がいない。中庭の木を切る植木屋、車の屋台でホットドッグを焼く女、「あべのべあ」というクマのぬいぐるみを売るショップ店員、掃除夫、案内係、警備員。客よりもスタッフのほうが多い。時刻は午前9時、百貨店やテナントのオープンは10時。どんなバカもけむりも朝一からハルカスに登ったりしないのだ。

 

行列整理のポールを素通りして、エレベーターに乗り込む。乗客1人で運転するのはためらわれるのか、係の女がドアを閉めない。スーツの男が走ってくる。50代と30代、職場の上司と部下で、出張のついでに登ってやろうという気である。3人の超満員で出発だ。
係の女、
「天井のガラス窓をご覧ください」
と言い残して去る。

宇宙であった。いや、宇宙の演出であった。展望台のエレベーターはたいてい窓から景色を楽しませるが、ハルカスはビルのなかを通るために外が見えない。苦しまぎれに、エレベーターシャフトの壁へ、空港の滑走路のように白いライトを等間隔に置いて、天井から見るようにした。照明の落ちた機内、体の浮くような上昇の気配と、耳の痛む気圧の変化がある。頭上をびゅんびゅん飛び去る星のめまぐるしい生滅に顔をチカチカさせた、無言のオッサン3人が大阪の空へ運ばれていく。カーテンを開くと朝日がまぶしかった。オッサンたちは一夜の恋が忘れられない。

 

展望フロアは小学校の遠足隊が2校入り乱れるたいへんな騒ぎだ。ささやかな観光を楽しむ老夫婦、蛍光ナップサックをさげた外国人の家族連れ、例のサラリーマン2人組も、エネルギーあふれる分子の飛行にあそばれて窓辺に近づけない。
「な? 折れるやろ?」
男児は、エンピツでガラスを突くと芯が折れる、という新発見を、社会見学のスケッチボードに記入する。ハルカスのガラスの硬さを証明することで、クラスの女子の気を惹くつもりなのだ。髪をツーブロックにしたり、スニーカーに凝ったり、有名人と同じブランドシャツや香水を身につけることは、男児のエンピツからそう遠くない延長線上にあると思った。博識ぶるために、辞書でひいた「葡萄(ぶどう)」という字を、上ぐつの横にマジックででかでかと書きつけた中学2年が思い出される。このブログも葡萄の続きに過ぎないわけだ。

 

 

ハルカスで感動したのは最高度の放尿だった。

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洗面鏡に大阪が入る。ふだん電気技師みたいに髪型をいじる男もここでは自分に見とれまい。便意はないが個室に入る。便座から街を見下ろす。腹痛と闘い、おでこに汗をくっつけて泥だんごを出し終えたあと、新しい気分で扉を開いて、この景色が目に飛び込むところを想像してほしい。僕はここでウンコがしたい。いますぐウンコがしたくなれと思った。