おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

電子書籍否定派

 

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Amazon FireHD8を買って2週間。

YouTubeを楽しむために買ったのに、ためしに電子書籍を落としたらこれが快適すぎて、読書用になった。紙の未読本もたくさんあるのに、Kindleでも積んdle。

本と照明。部屋が蛍光灯でギラギラすると、塾の自習室みたいで落ち着かないので、机以外すべての電灯を黄いろい白熱電球(を再現したLED)に替えた。夜は親指くらいの電球だけで過ごす。本を探すときは、洞窟探検隊みたいにスマホのライトで本棚を照らす。本文を読むには、照明に近づいて相当角度を調整しないと文字が見えない。部屋は暗くしたいが本も読みたい。この機械がジレンマを解消する。

たとえばKindleストアでは「¥788で今すぐ購入」のボタンのすぐ下に「10%の割引 (印刷版の定価¥864)」とさりげなく表示される。紙と比べてお買得感をアップさせる作戦だ。紙の中古価格は決して見せない。同じ本をブラウザのAmazonでみると「中古品の出品 from ¥1より」と出る。電子書籍は高いのだ。ところがこの関係は洋書で逆転する。海外から2週間かけて取り寄せる古本が、すぐ読める電子版より高価だ。それなら紙にこだわる意味もない。Kindleなら知らない単語もタッチするだけで意味が出る。辞書をひかずに洋書が読めるなんて学生時代の夢のようである。

アクティブな人間は、タブレットを駆使して世界を拡げるだろうが、僕みたいな家好きのカタツムリは、ますます外界との接触を断って、ひとりの世界を極めていくだろう。うっすら分かってきたが、僕は人付き合いが苦手だ、ひとりでも平気だと言いながら、実は寂しいのである。人と会って話して繋がりたくてうずうずしている。ひとりということは、思考が私という狂気におかされることだ。わが世界の掟にしたがって、現実と激しく衝突した人間で刑務所と病院は一杯である。だれかの名言にもある、「ひとりでは多すぎる」。こんなことをうじうじ考えてる時点でヤベーのかもしれん。kindleとは「火をつける」という意味だが、この機械で僕の性格は明るくなるだろうか。