おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

財布を落として

f:id:gmor:20180617213134j:image20年ぶりに東京タワーに登る。

 

f:id:gmor:20180617213143j:imageところがここへ来るバスのなかで財布を失くしてしまい、展望を楽しむどころではなかった。

 

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景色と点字の対応表に、高所と盲者の関係、実物と記号の不思議な結合を感じ、自分ならまっ暗闇にどう山や建物を置いて視るだろうかと考えにふける。帰りの新幹線のチケット、現金2万7千円、キャッシュ&クレジットカード、免許証、保険証、さっきチャージしたばかりのICカード、何百ポイントと溜めたブックオフのポイントカード…地上150mから街を眺め、どこかをさまよっている我が財布のゆくえに思いを馳せる。心と身体は、点字と景色のように分離して、なにをしても現実感がともなわない。スワロフスキーでデコられたピンク色の東京タワーの模型が、プラケースの中でぐるぐると回っている。こんなくだらないものがまだこの世にあるのか、と心底冷ややかに見た。

 

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大阪のバスは後払いだが、東京は先払いだ。降車時に車内を前まで歩いていって、財布を開かずに済む。両替、支払い、お釣りの受け取りにもたつくと、長い待ち列ができて車中のイライラ度が増す。先払いのほうがスムーズで良い。さすが国際都市東京である。などと関心していたら、そのスムーズさにやられて、財布の置き忘れに気付かなかった。これが後払いだったら、必ず財布を持ってバスを出ることになる。なにが国際都市だ、整備されたシステムの上で人が失うものはなんだ、味か人情か、いや金だ。東急バスの営業所に電話すると若い男が出る。

「名前と電話番号と、財布の特徴をお願いします」
「黒でとにかく四角い、いや正方形の四角いやつです」
「はあ」
「さっきバスを降りたばかりなんですが、連絡をとっていただけたりしませんか」
「できません。発見次第お電話いたします」

アレないコレないという連絡を毎日何十と受けるのだろう。お前の不注意でペーパーワークが増える、とでも言いたげな態度だった。いまが大事な場面のスマホゲームを僕の電話で中断させられたみたいな様子だった。

 

観光の予定をすべてキャンセルして、ホテルに戻り、各種カード会社へ利用停止の電話をかける。滝川クリステル東京オリンピックの招致にむけてこんなプレゼンをした。

「皆さまがなにか落とし物をしても、きっとそれは戻ってきます。お金の入ったお財布でも、昨年1年間だけでも3000万ドル以上も現金が落とし物として警察に届けられました。」

嘘をつくな。戻ってこないじゃないか。

同じ日、女のスカートを盗撮するためだけに姫路から上京した男が捕まった。そんなニュースを見て、僕は財布を落とすために上京したんだなあ、とつくづく悲嘆にくれる。

 

6時間。寝るでもなく起きるでもなく、ベッドに横になって、あの時タクシーを拾って目の前のバスを追いかけてくださいとやれば間に合ったかもしれない、そもそも財布をポッケじゃなくカバンに入れておけば、バスに乗らず電車移動していれば、東京に行かなかったら、大工が東京タワーを建てそこなったら…とありうる現実のパターンを想像し、どうしてこれが唯一正解の現実なのだ、現実とはつねに最悪のパターンを選ぶ手法の名前じゃないのか、と考えた。夢のなか、遠くのほうで呼び鈴が聞こえる。

電話である。
「東急バスの営業所なんですがね」
そこから先は憶えていない。

 

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おとしものセンターに行き、係のお姉さんに名前を言うと、見覚えのある四角い財布が奥のコンテナボックスから出てきた。
「中身にお間違いないですか」
現金、免許証、保険証、カード類、帰りの新幹線のチケット、すべて落としたままの状態である。
「うわこれです、ちゃんと全部あります」
「よかったです」

うしろには子連れのお母さんがいた。どうやら子どもが車内にゲーム機を忘れたらしい。それもちゃんと見つかったようである。

なんだ東京、いい街じゃないか。