おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

名前だけでも覚えて帰ってもらえたら嬉しいんですけどね

 

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はじめて漫才ライブを見た。

NGK1階、ガラス張りのスタジオで祇園がラジオの生放送をしていた。僕はお笑い好きと言ってもTVしか見ないので、劇場メインに活動する若手芸人に暗く、祇園も知らなかったが、女子中高生がブースをとり囲み、祈るように手を組んで目をうるうるさせたり、友だち同士で「木崎さんカッコいい」「ヤバイ」と手を合わせて飛び跳ねたりしていた。 

チケット窓口のそばに、ネット予約の発券機がある。2台とも行列だ。有人の窓口にはかえって人が少なく、本来チケット購入をスムーズにするための仕組みが逆に混雑をまねいているところに、すでにお笑い的なおかしさが演出されているわけである。限定グッズが手に入るUFOキャッチャーには人だかり。和牛、銀シャリ、千鳥のコンビ別に3台のマシンがあるが、行列は和牛だけで、あとの2台にはだれも並んでいない。芸人の人気がこれだけ露骨に見えるのは、本人にもファンにも酷だ。

 

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劇場入口の2階は開場を待つ人でいっぱいだ。ここにもまた別の行列が女子トイレから伸びている。僕はコンビニでもレジに3人いたら店を出るくらい待つのが嫌いだ。ジャニオタの女友達はグッズ販売に平気で2,3時間並ぶと言っていた。もしかすると彼女らは普段からトイレの行列で鍛えられているのかもしれない。余裕をみて動くから、生理的にも計算高くなるわけである。ちなみに僕はトイレに限って、冷や汗が垂れるまで待つタイプだ。

 

 

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座席は映画館にあるような赤い布張りのイスで、クッションも効く。肘かけは狭い。となりの人と何度か肩が触れあった。前席の背に、おにぎりを逆さにしたような透明のプラスチック・プレートがとり付けられている。パンフレットでも差すのかと思ったら、ネジがじゃまして入らない。いったい何のためにあるのか。イスは木製である。よしもと流の倹約精神で、木の摩耗を防ぐためにプラスチックのカバーをしているという結論を出した。イスをとり替えるより、カバーを替えたほうが安いからである。

開演まで10分、これから席に着こうという人がまだゾロゾロ入場しているときに、若手芸人が、どん帳の前へ出てきて前説を始める。自己紹介のあと「それでは僕らのネタをやらせてもらっていいでしょうか」と聞いて、ミニコントをする。実はこれ、誰も聞いていないのである。いや、少なくとも僕の座っていたS列、アルファベット順にV列まである劇場の後方部では、誰ひとり注意して聞く人がいなかった。
となりのOL2人組は、缶チューハイを飲みながら、
「声が小さい」
「なに言ってるかわからん」
と切り捨てて、今日はここに来る前に何したと雑談を始めた。あいかわらず舞台では若手芸人がネタをやっているのだが、ウケたり拍手したり、反応があるのは前から5列目までだ。これが本公演に出てくる漫才師ともなると、1階は最後方の立ち見スペースから2階席の奥部にいたるまで、会場の空気を一挙に掴んでしまうのだから凄い。芸人の実力とは空間の支配力にほかならないのである。本当は前説をした芸人の名前を出したいが、2人の名前はおろかコンビ名まで分からない。「どうか名前だけでも覚えて帰ってもらえたら嬉しいんですけどね」と定型のあいさつで言うけれど、ほかの面白い芸人のネタに印象が上書きされて、ついにその名前を思い出すことができない。こういう舞台で爪あとを残す、名前を覚えてもらうことは、ふつうに考えるよりはるかに難しいものだと知り、芸事の世界の厳しさをかいま見る。

電話がかかってきたり、トイレに行きたくなったり、やむにやまれぬ事情で離席することは、大会場であればつねに起こる。驚いたのは、漫才中に席を立つ人を見た漫才師のほうが、
「え、このタイミングで帰るんですか」
とつっこむことだ。それも1組や2組ではない。
「お前が変なことばかり言うから帰られてるやんけ」
「うんこですか?」
とやる。このとき席を立った人は、ほかの客800人の目線に逆らって歩かねばならないわけで、自分に置き換えるとゾッとした。あるコンビの順番になると、急に席を立つ人が増えたので、好みでない芸人は捨て回にして、お目当ての人を見るためにコンディションを整えておくみたいな駆け引きがあるものと思う。演者と観客のあいだに微妙な相互作用のあることが、いかにもナマっぽく、TV的な笑いに毒されている身には新鮮だった。

この日一番ウケたのは藤崎マーケットだった。関西ローカルのニュース番組「ten.」のミニコーナーで、生まれたての赤ちゃんと夫婦を映す「めばえ」のあるあるをやったときだ。病院でまだ目も開かない新生児を抱いた家族がカメラに向かい、
「ナマエハ、カナデデス」
と赤ちゃんの名前を発表する、その棒読みセリフをまねたものだった。関西人なら一度は目にする番組である。平日は毎日、夕方のご飯どきに流れるので、その気がなくてもつい目に入る。あるあるネタは強い。着眼点が凄い。ローカルの文脈に埋没していたら気付かないおかしさを、ある浮いた視点(芸人というは社会から浮いた存在だ)から指摘してみせるというのは、笑いの本質だと思った。客いじりがおもしろいのは、その瞬間だけは見るものと見られるものの関係が逆転するせいである。

会場は飲食可能で、ビールを飲む人が多い。仕事終わりに、酒を飲みながら漫才をみて笑って帰る。それって健全というか、良い文化だと思った。劇場を出るときすごい気分が良かった。通う人の気持ちがわかった。仕事でいやなことがあった日も、笑えば、なんとかなりそうなものだ。もっと笑って生きていたいな。

というわけで、かたむきみちおでした。
名前だけでも覚えて帰ってもらえたら嬉しいんですけどね。