おならっぷばーん

You can't fart without changing the balance in the universe.

ご出席・ご欠席(どちらかを○で囲んで下さい)

 

未婚の男は式場で、この新郎のように似合わぬタキシードを着せられて、友人、同僚、上司、親族の大勢並ぶ目の前で、何度も何度も形式的な口上を述べねばならぬ儀式の役割を、自分が引き受けられるかと考え、絶句するものである。女子は、壇上の花嫁と自分を入れ替えて、ありもしない両親への手紙を読み、うっとりするのだろうか。

革ぐつと擦り剥けた足の関係は、そのまま式と僕の関係である。最後にカッターシャツを着たのは、半年前のこれまた友だちの結婚式だ。スーツを着るのも半年ぶり、ネクタイを締めるのも、長いくつ下を履くのも、髪を梳かすのも、皮ぐつを履くのも半年ぶりである。社会人をやってきた友だちはスーツなど着慣れたもので、蝶ネクタイやネクタイピン、ベスト、スカーフ、カフスボタンで、格別のおしゃれをしている。僕はスーツを着ることじたいがすでに非日常のことなので、遊びの余裕はない。いい大人の社交場に、一人だけ大学の入学式にやって来たような男がぽつんと混じっているわけだ。だって僕のスーツは本当に10年前の大学入学時に買ってもらったものなのだ。どこに出たって恥ずかしくない社会的地位と生活、趣味と風格、そんなものを見事に備えた友だちと円卓を共にすると、普段の生活では気づかない自分のみじめさにいやでも気がつく。頭が擦れて泣きそうになる。これが僕と社会のくつずれだ。痛くないふりして笑うのだ。足はくつが悪いと言うし、くつから見れば足が悪い。どこか裸足で歩ける場所はないものか。

初めてウニを獲って黄色のぐじゅぐじゅを食べた人間、カニを割って黄土色のぐじゃぐじゃをすすった人はこんな気持ちだったかと、皿の一角を占める緑色のくちゃくちゃを見て思う。素材も名前もわからない。メニューカードを開いても、○○風、○○を添えて、と気取ったネーミングで、使う漢字が読めない。口に入れて噛みかみ、味わって呑み込むが、結局なにを食べたか最後までわからない。一口サイズで味の追試をする暇もなく、次のプレートが運ばれてくる。ビーフカレーを一皿どんと置いてくれたら、僕はそれでいいのだ。口へ運ぶたびに同じカレーの味がして安心できる。新郎新婦の着替える間、挨拶の間、生い立ちムービーの間、式典の段取り上の間を繋ぐべく、少しずつ少しずつ、コンベヤ式に食べさせられる。出荷日にむけて肥らされる養豚場の豚である。家に帰ってはじめて自分の飯を食うと、これがどんなに旨いか。あつあつの白ご飯に梅干しとビン詰めの鮭フレークをのせた質素な夜食が、なんと旨いことか。人のいない自室で、自分のにおいが染みついた部屋着に着替え、アマゾンのダンボールでつくったランチョンマットのうえで欠けた茶碗をつつくとき、やっとまともな飯にありつけた喜びで、僕はその日一番の感動を覚えた。もう二度と結婚式なんか行きたくない。しかしどうしても欠席できない大事な友だちを数えると、あと5回は出席しなくちゃならない。それに年頃の親戚が数人。そのうち既婚者が別れて再婚なんかしてみろ。

「え――、友だちの結婚式に出席するうえで大切な3つの袋というのは、他人の幸せに笑顔で拍手する堪忍袋、未知の食べ物でもためらわず呑み込む胃袋、そして見栄と打算の祝儀袋でございます……」