アマと呼ばれる所以

 

クーラーが壊れた。扇風機とあわせて使っても、部屋が冷えず、寝ているだけでじっとり汗の膜に包まれる。冬はオイルヒーターを使うので、エアコンの運転は夏場の2ヶ月だけだ。ながい休みを経て、いきなり猛烈に働かされると、さすがの機械もこたえるのだと思う。それにしても暑いな。まさかと思って計ると、自分のほうに熱があった。ダルさも食欲不振も、すべて気温のせいにしていたが、実は風邪だったのである。バカが風邪ひかないのは、ひいたことに気付かないからだと知った。

 

羽生善治は言う。

  • 考えてみれば、疲れている、いない、ということはプロ棋士の技術にはそれほど関係ないんですね。いくら疲れている時でも将棋を指し続けられるということが、私たちがプロと呼ばれる所以なのですから。
    羽生善治 戦う頭脳

僕はプロではないから、疲れているときはブログを書かない。疲れていなくても書かないのだから、まして病み上りの体力では一行も書く気がしないのである。見学にきた福祉センターで、頭からカビを生やしたようなジジイ相手に一局指したとき、数手で「お前はなにも分かっとらん。向こうへ行け」と追い払われた。小学生の僕は「分かってないのはお前のほうだ。こっちは老人の遊びに付き合ってやっている。授業じゃなかったらこうはいかないぞ」と思ったものである。腹が減った。昼は中華にしようと思い、地図のナビに従って15分くらい歩かされて、着いたのが、「王将」という名の将棋教室だったことがある。将棋とはつくづく馬が合わない。

 

健やかなるときも病めるときも、日中は寝て過ごすのだが、病気のときくらい病人らしくしていようと思い、しずかに本を読んだ。『本と映画のはなし』である。

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僕はカレーが好きだ。週に5食はレトルトを食べる。僕はうどんが好きだ。うどんだけで生きろと言われても余生は明るい。でも、カレーうどんは嫌いだ。本と映画のはなしは、僕にとってカレーうどんみたいなものだ。

業界では有名らしいクリエイターや実業家が、取材用に格好つけて、どうだ俺は普段からこんなものを読んでいるんだぞと威張るために、ホコリくさい古典を引っぱりだしたり、逆に趣味の先鋭性を見せつけるために、路地裏2階の奇書や、1泊10万円のスイートルームのような洋書を持ち出してくる。そりゃ僕だって赤いカシミアニットを着て、木製のデザインチェアーに腰かけ、エスプレッソ片手に「影響を受けた本ですか? そうですね。学生時代に読んだフーコー『知の考古学』やヘーゲルの『哲学史講義』ですかね」と語りたい。ほんとうは、千原せいじ『がさつ力』の「99%の人生というのは、泥水をすすって生きていくのが当たり前。そこが基準であって、ごく普通のことですわ」ということばに、ややこしい学説以上の真理を読みとったとしてもだ。

 

僕も1冊紹介する。

開高健吉行淳之介の『対談 美酒について』だ。読書中に笑うことなどめったにないが、これには爆笑した。

 

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開高 リマの娼婦宿がありますね。これが新幹線みたいに真ん中に通路が通ってるの。その両脇に小部屋がいっぱい並んでいるわけや。それでいまいたしていますというところは、オキュパイドというんで赤ランプがつくようになっている。スペイン語だとオクパードです。

吉行 オキュパイドね。

開高 なかには値段がかかっている。それが普通とスペシャルと値段が二つあるというの。

吉行 時価だ(笑)

開高 ゆっくり聞きなさいよ(笑)。スペイン語で普通をコムンというんですね。コムンとスペシャルとどう違うんだと言ったら、それははっきりしてますと、彼がいう。つまり唇でキッスして、なにやらにキッスして、どうやってこうやって、これが普通なの。スペシャルというのはアナルセックスがつくんで、ここに違いが出てくるというの。そこでまたスペシャルとコムンと値段がどれだけ違うんやと聞いた。それを1980年度の時価で換算してみると、たった1000円の違いや。女のお尻の穴というのはたった1000円の違いなの。
昔あなたが私に語ってくれたことがあった。「おい開高、オカマでやってみたけどな、力を尽くして狭き門より入れと、こういう教訓を思い浮かばせるが、入ってみたらただの筒だぞ、おまえ」(笑)

吉行 そのとおり。

開高 いっぺんはやれ、だけど二度やる気はないと、あなたが新宿で教えてくれた。

吉行 僕はいいこと言ったね。

開高 ペルー人のそれもまったく同じ、たった1000円なんです。

 

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解説は蛇足だが、「狭き門より入れ」とは聖書の一節である。マタイ(7:13-14)「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない」。この言葉が、近くの教会前の掲示板に墨書されていて、見るたびに清潔な気持ちになった。それが尻穴のたとえに使われたのだから、たまらない。

僕もひやかしで救いの門をつつくことがある。すると決まって「そっちじゃないってば」と声がするものだ。女は悪魔である。そのささやきはいつも男を滅びの道へと誘う。