筆記愚考

 

書く気にならないのは、ペンが悪いせいだと、失敗する受験生みたいな発想で、新しいものを買う。

店で一番安いシャーペンを選び使っていたが、安いから安っぽい内容になると思い始めた。野球選手だってバットにこだわる、ものぐさな色事師もこまめに爪を切る、フラミンゴだって片足で立つ。ブロガーが高級文具を使ってなにが悪い。5000円超のイギリス、ドイツ製のシャーペンを欲しいものリストへ放り込むと、耳の奥で危険を知らせる声がする。サッカー選手は2万円のスパイクで億万の年俸契約を結び、作家は3万円の万年筆で巨額の印税収入を得る。お前はその手で1円も稼いだことがない。効果対費用で考えれば、100円のペンも高いのだ。ねじった鼻毛を鼻血にひたして字を書くか、爪さきにつばをつけて紙を濡らす自弁式の記述が力量相応である。1本5000円もするシャーペンを買うなんて、ブタに真珠ネコに小判、製菓店のオムツケーキ、ホームレスの宅建である。ケチな脳細胞の目をだまして新しい筆記具を買うため、中学時代に使っていたという理由をつけて、やっとパイロットのドクターグリップを手に入れることができた。

かつて使ったものと同じのを買おうとしたが、明るい水色や桃、紫、黄緑色の軸が、子どもじみて映り、受けつけなかった。趣味が成長しているのだ。まともに会社勤めもしたことないくせに、生半尺に社会人のモラルを先取りして、カラフルな文具では体面が保てないと、つまらなくなっているのである。ビジネス書に(どうしてビジネスをしていないのに読むんだ?)、「この本は忙しい人のためにすぐに読めるように書いた」と言うものがある。なるほど商売の真髄は、中身のないことを短時間で読めると言いかえる技にあるのだと思った。僕もこのままどっちつかずの半社会人を続け、よろしくやっているホワイトカラー族を恨み、偏頭痛のように一生治らぬ劣等感にさいなまれるぐらいなら、欠点を逆向きにするやり方で、反社会人として生きたほうが、よほど社会的であろうと思うのだ。世間の幸せを手にして笑う人々をみると、僕はいつも「ニブイ人間だけが『しあわせ』なんだ」という岡本太郎のことばを思い出す。生活の理想は代助の書生、門野である。

  • 「それで家にゐるときは、何をしてゐるんです」
    「まあ、大抵寝てゐますな。でなければ散歩でも為ますかな」
    「外のものが、みんな稼いでるのに、君許り寝てゐるのは苦痛ぢやないですか」
    「いえ、左様でもありませんな」
    夏目漱石『それから』

ペンは全身がまっ黒のフルブラックを選んだ。この商品には、パーツの一部を塗装した、フルブラック[ブルー]と[ピンク]がある。寿司屋でいえば、天然マグロ[養殖]を売っているようなものだ。そんな矛盾を握ったまま文章を書くと、もともと混乱した頭がさらに荒れる気がして、フルブラックのブラックにした。

本性を無視して色気を出すと、全体を損ねる。僕は人間的にも黒を極めたフルブラックのブラックでいきたい。上はキャップから、下はペン先から出る芯まで黒い、完全な統一体でありたいのだ。しかしこのフルブラック、キャップを外すと消しゴムは白である。当たり前なのだが、なにとなし自分の頭がまっ白であることを指摘された気がして、以来、筆箱からとり出すのが怖い。