色気ある文章が書きたい

 

望んでも出ないのが、宝くじの当たりと文章の色気だ。当選者続出の看板をかかげて奉納金を荒稼ぎする神社、安っぽい文体の模倣で無内容をとりつくろう人間があらわれる。

本人に色気があれば、それが文章に浸みこむと言うが、話はそう簡単ではない。AV嬢の文面は老婆の乳房のように色気なく、ナンパブログは掃除機の説明書みたいに味気ない。文字の色気は閨房術と同じく、しょせん指さきの技術なのだ。ただその指づかいを養うためには、単純な文章修行よりも色気ある生活のほうが効く、とまあ堂々めぐりなわけで。

人物は、慈善団体への寄付よりも、飲む打つ買うで魅力が上がる。男を破滅にみちびく道楽として名高い3種目が、生活に色気を持ち込む。だとすれば、そのへんをうろついているふつうのオッサンにも色気があることになりはしないか、と訊く君はよく周りを見渡したまえ。オッサンは色気にあふれている。コンビニでみた初老の男は、カップ酒を持って店を出るなり、腰に手を当てて朝日をにらみ、グイと一息に飲み干した。あれは透明の牛乳ではなかったか、と後になって不安になるほどの爽やかさであった。また同じようなオッサンを路上で見た。プシュッと音がしたので振り向くと、男がのど仏をぐびぐび上下させて缶ビールを飲んでいた。こな薬でも飲むようにサッと缶を空にすると、ガーと長いゲップをして駅構内へ消えていく。その顔に、これから社会でひと勝負、と意気込む男の強さ、その決心にアルコールを頼る弱さをみて、これが色気だ、と思ったものである。

僕は保健体育の教科書のような、つまり断面図にした性器に矢印を引くような色気ない生活を送っている。酒は飲むしパチンコもする。風俗には行かないが、こないだ病気もらって大変な目にあったよ、と語る友人をいつもうらやましく思っている。どうせ飲むなら記憶をなくし身体を壊すまで、賭けるなら借金で家を潰すまで、抱くならエンピツみたいに擦り減るまでのめり込みたい。それが色気ある人生を送るためのコツだと、過去の偉人の例から知っている。それでも、あえてバランスを崩せないところに小市民の限界がある。

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彼女と別れた。

男女の付き合いだ。なにが引力となり斥力となるか、物理のようにはっきりとはしない。割れた皿を拾ってくれたから一緒になった者、皿の洗い方が気に食わないから別れた者、皿に盛りつける料理が綺麗だったから惹かれた者、皿へ料理を乗せられたから縁を切った者など、人にもカッパにもさまざまな分離結合の理由がある。

「付き合うのやめる」と伝えると、
「そんな大事なことよくLINEで言えるね。会って話すのがふつうじゃない? てか会いたいし、もっと言うと、したいし」
僕はふつうでいくことにした。ふつうどおり一緒に風呂に入り、一緒に寝た。ふつうでなかったのは、ふだん酒を飲まない彼女がチューハイを一本空にしたことと、交わると泣き始めたことである。
「ごめんね。泣かれたら萎えるよね」
「どうしたの?」
「わかんない」
「大丈夫?」
うなずく彼女を衝くと、首の振れが横に変わる。ぐしゃぐしゃになった顔を見ないように覆いかぶさって、耳もとで泣きながら喘ぐ声を聞いた。知らない女を犯しているような気がした。後から訊けば、
「あのとき泣いたのはね、入れられた瞬間に、あ、もうこの人わたしのこと好きじゃないんだ、って分かったから」だと話す。

女には嘘がつけないな、と思った。