ハムレットって朝食のメニューか

 

みんな戯曲は読む?

僕は読まない。つまらなそうだから。短いセリフを足ばやに改行した半分白紙の本に、小説と同じ金を払うのが嫌だから。高校の文化祭で、セリフが2つしかない市民Cを演じたときに、演出係をつとめるクラスでは影のうすい、普段いるかどうかもわからないような女子に「演技どうにかならないの? 感情がこもってない。なにも伝わってこない」と赤ペンで頭を叩かれて、二度演劇などしてやるものか、と思ったから。

読むのがダメなら観るのもダメで、劇団四季の「はだかの王様」を観たときは、大声で喋る役者が吐くつばばかり見ていた。白い石柱のようなライトが役者の顔に当たり、ごく微細な唾液ひと粒ひと粒に光る尾がついて、まるで口先で小さなしだれ柳の花火が音もなく炸裂したかのように見えるのを「うわ、きったねー」と思いながら眺めていたのである。おととし井上ひさしが主宰するこまつ座の「國語元年」を観たとき、前後左右にみっちり人が詰まった客席で「3時間の公演中、トイレにいきたくなったどうしよう。腰をかがめて行き50、帰り50の他人の膝頭を尻でなでなで進むなんて無理だ」と思い、膀胱に黒い液体がうずまいて、物語に集中できなかった。それでも結末は憶えている。主演の八嶋智人が舞台中央に立ち、スポットライトを浴び、まさにこれから劇を締める最後の決めゼリフを言おうと息を吸い込んだ瞬間「ピロリロリロリーン」と客席でひと足先に緊張を破る、やる気ない着信音が流れた。僕はあまりの間の悪さに失笑し、もし自分の電話だったら…と思うといっせいに振り向く500人の目線にゾッとした。同時にどんな傑作劇も電話一本で殺せるものだと、舞台芸術のはかなさを知ったのである。

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前に買った古本のうち、井上ひさし『ことばを読む』がよかった。朝日新聞の書評連載を1冊にまとめた本だ。書評といっても知られすぎた古典、売れすぎたベストセラー、偏りすぎた専門書の紹介は白ける。深夜のテレビ番組みたいに、ほんとうは数十万の視聴者がいても「これをみてるのは俺だけだ」と思えるような本を教えてほしい。それには、本の重みで床が抜ける、を冗談ではなく実際に引き起こした破壊的読書家が適任である。

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大岡昇平ハムレット日記』について、

「この小説は25年前(※1955)に着手され、両三度にわたり中断をはさみ、このほど(※1980)ようやく完成された……小田島訳の『ハムレット』を読んでこの小説を開けば、おもしろさは倍加しよう」

と書いてあり、早速2冊とも手に入れた。当初は『ハムレット日記』の下準備で『ハムレット』を読み始めたのに、こっちのほうが面白くなってしまい、ほかのシェイクスピアの戯曲にもどんどん手が伸びていく。

 

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リア王』には、しおり代わりに、誰かさんが15年前に観た公演のチケットが挟み込んであった。この人はトイレを我慢できたろうか。

 

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散文では会話より地の文に圧倒されたいという願望がある。喜怒哀楽、慮嘆変執、姚佚啓態、みたいな意味のわからん漢語のみだれ打ちにあうとドキドキする。なかでも僕が好きなのは、幸田露伴が書いた、メタルバンドのギターソロみたいな文章だ。ことばの意味はいったん置いて、リズムを味わってほしい。  

  • 一切の物皆然る以上は、人々豈能く理範数疇を脱せんやである。人もまた黄玉の如く、鶏血石の如く、松樹の如く、紅海の如くである。特に人は黄玉鶏血石に比しては生命あり、松樹に比しては感情あり意志あり、紅海に比しては万象に応酬し三世に交錯するの関係あり、その自体より他体に及ぼし、他体より自体に及ぼし、自心より他心に及ぼし、他心より自心に及ぼし、自体より他心に及ぼし、他心より自体に及ぼし、自心より自体に及ぼし、自体より自心に及ぼし、自心より他体に及ぼし、他体より自心に及ぼし、自体より自体に及ぼし、自心より自心に及ぼす、その影響の紛糾錯落して多様多状なる、殆ど百千万億張の密羅繁網を交錯し上下に舗陳したるが如くなれば、その日に変じ月に変じ年に変じて而して生より死に之くの間、同一人といえどもその変化もまた急に、また劇しく、また大に、また多き訳である。
    「進潮退潮」

150年前に生まれた人間にしてこのグルーヴ感。「自体より他体…」のくだりは「自他の心体が互いに影響し合い」の一語で済むのに、わざわざ確率問題を樹形図で解くように、いちいちの関係を列挙してみせる。憎らしいほどの文才である。文章ならなんでも短いほうがいいと思っている自称専門家に見せてやりたい。ニンジンは短冊切りしか認めないという偏屈な姿勢が、料理の貧困をうむ。

戯曲は散文にくらべるとスカスカでつまらない、と昨日の僕なら書いただろうが、戯曲1年生の今そんな口は叩けない。おもしろい。『ハムレット』を読んで、すべての演劇はこれを目指しているか、ここから離れようとしているかのいずれかだと思った。劇中でまたひとつ劇が演じられる劇中劇の構造など、吉本新喜劇で経営難のボロ食堂が、借金とりのヤクザ、買収にきた大企業の社長を追い払うために使う小芝居と一緒じゃないか、と妙に感動した。

こりゃ、いちから戯曲を読み直さねば、と思い、ふたたび井上ひさしに還って『全芝居』を買う。

 

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1冊5000円でシリーズ全7作ある。殺す気だ。毎月1冊ずつ集めよう。本棚が一列ずらっとこの本の背で埋まるところを想像すると、揃える前から嬉しくなってくる。

 

 

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