フリーターへのフェードアウト

 

週1回は更新すると決めているので週末が近づくと、書くべきことがなにもない、とあせりはじめる。現実に書かねばならない書類がある。退学届だ。

僕はこのまま学校に行かず授業料も支払わず、除籍されて終わる結末がよかった。しかし年度末ということで、仕事熱心な事務員が父母のケータイにまで電話を始めたので、必要書類を白旗のように掲げて敵陣に下った。武士道を尊ぶなら、降伏して敵の捕虜となり汚れた生に死ぬるより、自刃自爆で清い死に生きるほうが、精神に適っている。先祖をたどれば百姓の出とはいえ、身分制の廃れた平等の時代に生まれ、新渡戸稲造の『武士道』も買った。金を積むだけで貴族の称号が手に入る世の中で、鎌倉時代からあらゆるもののふが懐にしのばせて、折に触れて読み返したと言われる『武士道』を読んだのだから、僕にも侍を名乗る資格がある。退学届を持って家を出る前、玄関で首を括ろうとも思ったが、新聞の地域欄に「大学院生、将来を悲観して自殺か」の見出しとともに古い卒業アルバムの写真を出されたら死にきれないと思ってやめた。いつだって死ねらぁな、なに死に急ぐことはねえ。A4ペラいちの用紙を、賞状をもらうみたいに受け取った事務員が、「先生にこういう理由で辞めますとメールしておいてくださいね」と言った。そのメールを書いていないのである。そして書く気もない。センセー、おれやる気なくなったんだよね、と言うために「この度は私の努力不足と至らなさにより学業成就の見込みが立たず」と回りくどい言い訳を並べる。僕は不良生徒としてふまじめを終わりまで貫き通すため、最後の仕事にも手を抜いて始末をつけたい。不義とは義があるところに初めて成立するもの、休学期間が長すぎて、先生の怒る顔も忘れてしまった。

今のバイトを始めたとき、社員の人から「フェードアウトだけはやめてね」と念を押された。軽い返事で受け流したら「冗談じゃなくてホントに家まで行くからね」と黄いろい歯をみせる。連絡をよこさず、ぱったり職場に来なくなった子を心配し、家を訪ねると部屋で倒れていたということが過去に何度かあったらしい。おもて向き「従業員の安否を気遣って」と言うが、「この野郎。だまって仕事を放り出しやがって。どんな顔してるか見に行ってやら」という黒い腹が見えなくもない。大体どうやって家のなかに入ったのだ。ほんとうにその子は、はじめから倒れていたのか? 「ある日とつぜん家のチャイムを鳴らされたくなかったら、電話一本入れることだ」とりきを込めて睨みつける。僕はあまりの迫力に縮み上がり、電話番号を訊くのを忘れてしまった。家の前に先生が立っていたらどうする? 詫びるか、謝るか。いや、まずは倒れるふりだ。

 

 

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