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早朝の品出しバイトを始めた。4時に起きて家を出る。5時から9時までシャンプー、牛肉、冷凍食品を並べる時給1000円の仕事だ。

紙幣を入れない財布は、免許証とPiTaPaを守るカードケースに成り下がった。小銭は942円。自転車の前後に巨人の細胞核を乗っけて運ぶホームレスのおじさんだって、きっとぼくより金持ちだ。くず屋に持ち込んだ空きカンの袋が3,000円に替わる瞬間をテレビで見た。3,000円は大金である。

この記事はお徳用ルーズリーフに、10年前のマークシート用えんぴつで下書きしている。作業途中で友人に誘われてスタバでホットココアのショートを飲み、残金が500円になった。向かいの席で、白いりんごを光らせながらMacBookを叩く人たちをみると「りんごは赤いものだ」と教えてあげたくなる。半財産をかけたホットココアの味がどれほど素晴らしいものか、紙に書いた汚い文字で伝えたい。

給料日まで飢えを凌ぐために親を頼む。この歳で実家を離れたことがない。三度の飯にランドリーサービスまでついて利用はタダ、家に金を入れるという発想を核家族のひとり息子に望むのは、アマゾンに住むカヤポ族に動物園をつくって金を稼ぐというアイデアを求めるより難しい。ぼくを殺すのは、中央線をはみ出したトラックや黄色ブドウ球菌ではなく、ひとり暮らしだろう。

近所に住むJKのいとこが、割れたiPhoneの修理を頼みにきた。過去に一度、画面を取り替えたことがある。ごま塩のごま、ごま塩の塩より小さいネジを十数カ所、抜いたり挿したり回したりして交換するパーツだ。くしゃみで吹き飛ばしたネジを、20分も床に這いつくばって探した苦労を思い出して、「駅前の修理屋さんに持っていったほうが早いよ」と言う。しかし彼女は、ジップロックに入れた見慣れぬ紙の束――これが1万円札というやつか――をぱらぱらとめくりながら「ちゃんとお金は払うから」と多額の成功報酬を匂わせた。きっとぼくの部屋から『ウォートン流 人生のすべてにおいてもっとトクする新しい交渉術』(集英社)を持ち出して読んだのだろう。友達と1週間もLINEしてないの、と嘆く彼女にぼくは「もし直らなくてもパーツ代はかかっちゃうんだよね」と卑劣な条件を飲ませる。

「親のスネはかじれるときにかじれ」
バイト先の更衣室で、エプロンを外しながら50代の同僚が語る。アイスクリームを並べる横で「こんなもん仕事やあらへん。遊びや」と、長年の肉体労働が刻んだ深い縦じわを歪ませる。この仕事に必要なものは、動く手足と、目覚まし時計を忘れずセットする大さじ一杯の脳みそだけ。「早朝の品出しは、ベテランと新人の技能の差がもっとも少ない部門のひとつです」と語る社員は、きわめて正確にこの仕事の本質を突いた。誰でもすぐ学べるかわりに、すぐに技術も頭打ちになる。

暗く静かな店のなか、寝ぼけた頭で、ぼーっと牛乳パックを並べていると、のっぺりとした乳白色の世界に入り込む。Google社の瞑想室では得られない安ものの忘我である。午前9時、従業員出入口の重い鉄扉を開けて、東の空に斜めにかかる朝陽をからだに浴びて、ようやく意識を覆う半透明の膜が破れる。あわただしく回転する世の中の仕組みに逆行して、ひとり帰路をたどる快感は、「さんすう」の始まる直前、なじみない親戚の訃報をうけて学校を早引きする感覚に似ている。

たっぷり残った自由時間を趣味につぎ込んで人生を謳歌する生活を夢みたが、いざ働いてみると、刷毛で塗ったようなうすい疲労が残る身体をベッドに横たえ、菓子をつまみ、屁をたれ、パチスロ動画をむさぼるように見、眠くなれば眠る毎日。iPhoneのパーツはとっくに届いているが、箱を開ける気すら起こらない。北杜夫に言わせれば「日がなナマケモノの神に礼拝する」生活である。しかしこれほど熱心な信徒もそうそういまい。もっとブログを更新する、という意気込みは異端の告白にあたるので、言わないでおく。