「なんでやねん」を発射します

大阪人ですから、心にいつも「なんでやねん」の発射台があります。

街中を歩いているときに、妙にとぼけた光景が目に入れば、とたんに飛び出すんですね、「なんでやねん」が。プロのお笑い芸人は、一般人のすっとんきょうな行動をみたときに無意識的にツッコミを入れてしまうことがあると聞きます。さすがに芸人さんのように声に出してつっこむことはありませんが、反射的に心のなかで叫んでしまうんですね、「どういうこっちゃねん」と。

幼少期から『吉本新喜劇』を毎週のように見ざるを得ない過酷な環境下に育ちました。とはいえ、ぼくは視聴中に一度も笑ったことがない。両親とともになんばグランド花月へ、生の新喜劇を見に行ったときも、爆笑どころか微笑すらせずに、「この子は情緒的になにか問題があるかもしらん」と父母のあいだで深刻な会議が催されているのをそばで聞かないふりして聞いた思い出がよみがえります。

笑うかどうかは別にして、体内には確実に『吉本新喜劇』仕込みのベタなボケ・ツッコミメソッドが育まれていき、気づけば「なんでやねん」の発射装置が心のなかにそびえたっていました。そこで本日は、思わず「なんでやねん」が飛び出した場面をおさめた写真が溜まりましたので、いくつかご紹介しようと思います。

 

 

1石段の上に電子レンジ

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一度脇を通ったとき、そのあまりに堂々とした居住まいに、むしろそこにあるのが当然かのような印象をうけたので、そのまま通り過ぎてしまいました。これほどまでに均整の取れた、まるで現代アートのような不法投棄があるでしょうか。これは見たというより、鑑賞したと言ったほうが正確かもしれません。

電子のチカラがなんであるか。わたしは科学という現代世界の基礎から切り出された一個の白御影石である」と言わんばかり、くる日もくる日も凍ったほうれんそうをチンし、チンし続ける役割から解放された電子部品は、いまや河川や草木、空や石とならんで自然の世界へと埋没し、ただそこに在ることだけを目的に存在しているのであります。これが真の解凍でなくて一体なんだと言うのでしょう。

 

 

2間違い探し

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経済誌に交じってパチンコの攻略マガジンがある。パチプロにとってはマイナス金利や為替の値動きよりも、新機種の大当たり確率のほうが大事ですから、これも立派にビジネス誌というわけでしょう。

写真は蔦屋書店で撮ったものですが、さすがの陳列方法です。書籍を一点のみでとらえるのではなく、ほかの本と通底するテーマで多次元的にとらえていくところに、「ブックコンシェルジュ」「知のナビゲーター」の面目躍如といった感があります。

立ち読みはできるだけ格好つけたい。日々パチンコの景品交換で食いつなぐプータローも、このコーナーでパチンコ雑誌を読むだけで、商社でばりばり働くビジネスマンとおなじ土俵で戦えるわけですから、これほど嬉しいことはありません。

 


3水商売 

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あんなところに飲み屋がある、と思ったら歯科医院でした。看板は陽に焼けて色褪せ、老舗スナックのような風格を漂わせています。撮影時はとうぜん診療時間外でしたが電気はつけっぱなし。一体どういうわけでしょうか。

診療台に座るとエプロンをかけてくれる、ところまではいつもの歯医者さんですが、うしろから妙に色っぽい歯科助手がお酌してくれる歯科バーがあったら、ぼくは患者になりたいと思います。あるいは、ふだんは待合室で飲むのですが、まれに「奥の部屋へどうぞ」と呼ばれる客があり、助手と連れだって奥の診察室へ入っていく。するとしばらくして扉の向こうから「ウィーン」と甲高いモーター音が聞こえてくる……みたいな歯科なら、いつでも虫歯を満載にして通いたい。

口のなかは日常生活で見たり見せたりしない場所です。そんなところをゴム手袋越しに手そのもので、あるいは細長い棒状の機械をつかってイジくりたおす空間が、性的な雰囲気を帯びないわけがありません。通常の診療時に見るような空間――2海里先のカモメの羽ばたく音のようにかすかに流れるクラシックの有線放送、とびちった患者のつばさえ水晶にみえるほど清潔な光で照らしだす蛍光灯下の空間は、かりそめの姿に過ぎません。本来の歯科医院がどのようなところであるか、この看板はわれわれに真実を告知しているのです。

 

3つまとめて、なんでやねん。

 

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