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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

筒井康隆とブログ運営

本日は動画の紹介でも。

筒井康隆が『創作の極意と掟』を出版した際に開催されたトークショーである。1時間超あってだれも観ないだろうから、「さすが!」と思ったところを紹介する。質問コーナーの次のようなやりとり(15:30~)である。

 

読者を楽しませること、あるいは編集者が求めるものと、自分が書きたいものが一致しないとき、書き手はどのように創作意欲のバランスをとるべきでしょうか?

これにたいして筒井は一瞬すっと目をつぶり、
これは、逆だ、と思いますね」と言い切る。
まず作家はじぶんの書きたいものを書く。じぶんの書きたいことを書くというのが作者が一番最初にすることなんですね

要するに、じぶんが楽しんで書いたものに読者がつくのであって、あらかじめ存在する読者や編集者を喜ばせるために書くのではない、と言っているのだ。

ぼくらはブログを書くうえで読者の希望に沿ったものを書こうとするが、これはアーティストではなく、マーケティング屋の発想である。過去のデータから「売れるもの」の特徴をとりだして、それらに即した商品をつくっていく賢いやり方だ。無駄がなく、失敗のリスクが低い。はじめに作ってから、その売り方をどうするか悩んでいるようでは「時代遅れの商売だ」と笑われる。

稼ぐことを目的とするブログは、どれも現代的なビジネスモデルに適合するやり方でマネージメントされるので、ある種のひな型に収斂していく。ビジネスマンの成功を横目でみながら、どうしても彼らのようになりきれない「作家」「アーティスト」「クリエイター」きどりの人間は、もだえ苦しむわけだ。

だからブログの説明文にて、わざわざ「じぶんの書きたいことを書く」と宣言してみたり、「だれの役にもたたないブログです」と開き直ってみたり、葛藤の跡はそこらじゅうに見いだせる。しかし、この中途半端がいちばんよくない。

どうせビジネスマンになる気もないのだから、PV数に頼る収益モデルにあわせて運営する必要もないわけだ。たまに「寄付(パトロン)募集してます!」という中世の芸術家みたいな人を見かけるが、自称アーティストなら、むしろこうしたやり方のほうが正攻法ではないか。(そうしたブログはたいてい、誰が寄付するかよ!という内容ではあります。与えられることばかり考えて、まずじぶんが与えようとしない人に、女神は微笑まないですぞ。)

乞食がイヤなら、最近はやりの「クラウドファンディング」という名で言い換えて運営費を集めれば抵抗は少ない。「おもしろい風俗ルポを書くので取材費を募ります」と2万円を提示する人がいたら、ぼくは迷わずその金でみずから風俗店に駆け込むが、世の中には「それならいっちょ」とおもしろがって金を出してくれる奇特な人、あるいは男性自身が機能しない金持ち老人がせめてもの性欲を慰めるためにあなたの書き物に小銭を出してくれるかも分からん。そのあたりは信用の問題です。

それはそうと先日『笑点』を引退した歌丸師匠は今年で80歳。引退会見の軽やかなおしゃべりは、さすが落語家といったところでした。たいして2年先輩の筒井康隆は、トークショー開催時に歌丸師匠と同年齢でありましたが、話しぶりに歳相応のまごつきを感じさせる。もちろん筒井はその高齢にして歌丸師匠や、そのへんの大学院生よりしっかりした文章を書きあげるのですが…。後期高齢者の活躍おそるべし。

 

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