おいおいボランティアしたらマジ人生変わりそうじゃねえか

あるボランティア活動に参加中、ひとつ年下の25歳の女性と出会った。

女というものは男よりいくぶん小さい点が唯一の取柄なのであって、大きければゴリラと変わりがない」と北杜夫はいうが、彼女は小さくて華奢なので、500kgの握力で手を握りつぶされる心配をせずにすむ。幸いにして顔もゴリラ似ではなく、会社では受付嬢をしていると言う通り、ファッション雑誌の街角スナップに出てきそうな可愛らしい女性である。むろん向こうから見れば、ぼくの方こそ器用に人語をあやつる無毛症のゴリラにほかならない。

先週はじめて対面し、同じ沿線に住んでいることがわかった。好きな作家やら映画の趣味が合うことから、いろいろ聞きたいことはあるものの、ボランティア活動そっちのけで質問攻めにすることもできず、もやもやしたまま別れた。

一週間ぶりに再会した先日、現場に残って作業していると、「一緒に帰りませんか。待ってますね」と言われ、いままで女性からそんな誘いを受けたことがないぼくは、たしかに胸の奥で心臓のうらおもてが入れ替わる音を聞いた。

めまいに耐えつつ、口から吹き出したゲロを拭いながら、そんなことはいかにも日常茶飯事であるといったキザ男の落ちつきで「もう少しで終わるんで、まあ待っておいてください」と裏声で答える。

ぼくはそれから前後に激しく身体を揺らして一瞬前の自分の残り香を嗅ぐことに命を賭けた。いまから並んで歩くのだから、すこしでも身体からブルーチーズの臭いがしたら、「すいません、じつは実家のチーズ工場の製造ラインに問題が起こって、急いで戻らなくてはなりません」と彼女のお誘いを丁重にお断りしようと思ったのだ。

しかし、自分の体臭を自覚することは難しい。喫煙者は服に染みついたタバコのにおいが分からず、ネコを飼っている人はけもの特有の悪臭に気付かない。だからファブリーズは発売当初まったく売れなかったのだ。ぼくがこれほど臭いを気にするのは、彼女が歩くたびにその栗色の髪の毛から、匂うと思わず膝がガクっと崩れるほど甘い芳香を発していたからである。

現場を発ち、駅に着くと彼女は「お腹が減った」とつぶやいた。ぼくは愚かにも、この独り言が「なにか食わせろ」というサインだと気付かなかったのである。思い起こせば先週も、帰りの駅で偶然出くわしたときに「お腹が空いた」と小さい手でお腹をさすっていたのだ。

この男さては勘のすこぶる鈍い奴、こちらがいちいち言ってやらないと何も分からないのだと見抜いた彼女の方から「なにか食べに行きましょう」と先手を打たれ、ぼくは「ぬあ」とか「んご」と言葉にならないうめき声をだし、繁華街の人混みをかき分けて進む彼女のあとをつけ、気づいたときにはもうパスタ屋の一席に尻を落ち着けていた。

女性と一対一で食事するのが数年ぶりで、なにを話していいのかもわからず、あろうことか雑談の教則本にも絶対に避けろと注意されている宗教の話題を持ちだした。パスタを巻きながら「いや、じつは仏教の輪廻思想というのはね」と語ると、彼女の顔から愛想笑いがみるみるうちに蒸発して、顔面は干上がった湖のようにひび割れていった。

いくら勘の鈍いぼくでも状況のまずさに気付き、あわてて「ぼ、ぼくは宗教とか、そういうのあんまり信じてないけど」と付け加え、乾いた湖底に枝をあつめて火を焚き雨乞いの儀式を始めた。「どうして、ぼくのような変質者の可能性が高い(20代後半の男で準ひきこもり、精神的よれよれ、壁のうらに盗聴器が280個仕掛けられていると信じている)人間を食事に誘ったの?」と訊くと、「ボランティアしてるから悪い人じゃないと思って」と答える。

ぼくはフォークできのこを突きながら、「でも、阪神大震災のときに精力的に活動して被災者を支援したのは、あの山口組だったよ?」と反論するのをギリギリのところで我慢し、「ん、そういうことか」と納得したそぶり。

正直にいえば、このとき心の底からボランティアしてよかったと思った。見るからにヤバそうな男でも社会的な信用を得て不審感を払拭し、ほぼ初対面に近い女性と食事することもできるのだから。この食事会は結局「わたしたちはいい友だちになれると思うの」の一言、つまりてめえとは友達以上の関係になる可能性など皆無であると、はっきり釘を刺されたところで締め括られた。

ことの顛末を地元の友人連中――みな独り身で、風俗のポイントカードが貯まることだけを楽しみに生きている男どもに報告すると、「とりあえずしね」「いったれ!」「ガバガバや」と心温まるアドバイスをくれた。

奴らには内緒にしているが、実はこのゴールデンウィーク中に神戸の美術館へ行く約束をすでに取りつけてあるのだ。女心と秋の空が変わりやすいなら、いつぞ「良き友人」が「悪しき恋人」に転じるかわからぬ。

しかしぼくとて人語をあやつるゴリラである以上、ヒトのことばづかいには注意するほうで、「ボランティアの現場では勧誘なんか禁止されているから」とポロっと口にしたのを見逃してはいない。もしや美術館へ行くといいながら、実際に案内されるのがマルチ商法の説明会かもしれず、だとしたらぼくは彼女の「良き友人」でいることはできないかもしれない。

すべては来週に明らかになる。ぼくがヘンな商品をおすすめし始めたり、カルトチックな教義を解き始めたら、「あ、こいつは彼女の良き友人になったんだな」と思ってください。また報告します。