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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

解決すべき、いくつかのくだらない問題について【iPhoneカバー編】

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iPhone6を無色透明のシンプルなケースに入れて使っているのですが、これが日に日にボロボロになってきました。砂と潮風にさらされて朽ちていく海辺の小屋のように、あるいは雪印の「さけるチーズ」のように。つねに手のひらの触れるところは黄ばみ、背面は乞食のサンダルみたいにパックリ割れてベロベロです。

ケースをつけない方がマシだというので、最近は素のままで使うことが多くなりました。すべすべした生の感触はたいへん気持ちよいものですが、反面滑りやすく、落として傷つけることを考えると、うかうか持ち歩けない。

世の中には、スティーブ・ジョブズの遺志を継いで、カバーをつけないで携帯する人もいます。ぼくもできることなら、当世風にミニマリストを気取って、裸一貫の男旅を決め込みたい。しかし、なにぶん臆病なたちで、ほんとうはケースを保護するケースにまたケースを重ねるような、イギリス空軍でいうところの「ブラック・バック作戦」(この作戦では爆撃機に空中給油する空中給油機に空中給油する空中給油機に空中給油する空中給油機が用意されました。)をマネして、厳重にiPhoneを守りたい。しかし、それだと電話を受けるたびに頭がこんがらがってうまく話せないので、ケースはひとつだけにします。

そのケースがくせものなのです。手帳型ケースは、たしかに便利ですが、あのパタパタアクションは、スマートフォンから「スマートさ」を跡形もなく消し去ってしまいます。想像してみてください。ジェームズ・ボンドが胸元から手帳ケースに入ったスマホを取り出すところを。自動車税が安く、駐車しやすいからと言って、アストンマーチンからワゴンRに乗り換えるボンドは見たくありません。ぼくは、心の中でつねに和製ジェームズ・ボンドとして生きておりますので、抱いた女を金粉まみれで亡きものにされても、スマートフォンには手帳カバーをかぶせないのであります。

あとは通常のシンプルなカバーですが、デザインの選択問題が残る。「私はこれがオシャレだと考えている」という美的趣味の戦いです。ここでフェラーリBMWのエンブレムを選んでしまうと最悪です。外車のオーナーでもないのに見栄を張りたいというのは、トヨタの「T」をはずして、レクサスの「L」を貼り付けた土建屋ハイエースと同じ醜態をさらすことになります。

では、単色あるいは無色のシンプルなカバーが正解でしょうか。はっきり言って、これはセンス勝負から逃げた臆病者の色にほかなりません。「自分は複雑なものを扱ったり、生み出したりすることができない無能である」と宣言するために、"Simple is best."という言葉があります。無印良品を買っていれば、「センスが悪い」と言われることはないだろう、と安心している奴こそ、もっともつまらない趣味の人間なのです。

「バランスはとるものじゃなく、欠くものだ。」という、みうらじゅん氏の言葉を思いだしてください。まずはじめに片寄らなければ、良し悪しは生まれてこないのです。そんなことをぐるぐる考えていると、いつまでたってもカバーが決まらない。「現在わたしはカバーを探しています」というカバーはどこかにあるでしょうか。