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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

かくことないお

 

うわ書くことねえ、
でもブログは書きてえって矛と盾ぇ。

ぼくはわずか5歳で面倒くさがり屋を創業し、以来ずっと怠学・怠慢・怠情の精神を貫いて、20歳で東証一部に上場するほど立派な怠け者に成長したので、今更みみっちいブログネタ探しに奔走するなど、プライドが許さない。うす皮を重ねるように努力して目標を達成しようとする汗くさい体育会系の精神論、日進月歩の美徳を信仰していれば、面倒くさがり屋として商売あがったりだ。

そもそも肉体的条件の優れた外国人選手をもってきて、日本人でございと主張し競争させておきながら、「がんばれば君もスーパースターになれる」と少年たちにまっ赤なウソを吹きこみ続けるスポーツの精神こそ、アンフェアなプレイである。スポーツで養われる健全な精神とは、軍隊式に鍛え上げられたマスキュリニティでもって、弱き者を痛めつけておき、別れ際に笑顔で握手を求めるような無神経さを言う。ちょうど性的暴行を加えた犯人が、被害者女性にむかって自分の電話番号を書きつけた紙をプレゼントするように。

文化系の陰湿メガネ根性で話がそれた。問題は、仕入れのへたくそな寿司屋をいかに営業するかだ。思うに、公開して世間体がよいもの、人様の舌にあうものだけをネタと定義するなら、ユニセフの大使でも兼任しない限り、やっていけない。フェイスブックと同じだ。投稿に苦労するのは、日常生活がとても公表できるものではないからだ。たのしそうな交流、おいしそうな食事、たかそうなブランド服。あざやかな私生活の一場面を、たまたま切り取ったかのように提示する。仕込まれた街頭インタビューだ。脚本演出が巧妙に練られたフェイクドキュメンタリーだ。

「今日は、朝から缶ビールを飲んで競馬中継を見てました。3連単でもズバッとあてて風俗にでも行こうと思ったのですが、予想が外れてすっからかん。しかたなく道端で拾ったヤングジャンプの表紙グラビアで我慢しようと思います。とほほ」

同級生の目を気にすると、こんなこと書けない。

ヤラセ投稿のいちばんの欠点は、見る者を嫉妬させることだ。仲間とバーベキューしてやがる、おしゃれなレストランで飯を喰ってやがる、絵にかいたようなリゾート地へ旅行してやがる。それにくらべて俺はどうだと、いやでも自分の生活のみじめさを自覚させられる。

「ほかの人の幸せを自分のことのように思えたら、あなたも幸せになる」と横やりをいれる慈母は、その目をこじ開けて、「これが俺の幸せだ! 感じるかババア!」と言いながらタバスコを点眼してやりたい。人の不幸が蜜ならば、人の幸福は唐辛子だ。口にいれると舌がひりついて焼けそうになる。目にはもっと毒だ。

幸せチラ見せレースから逃れるためには、世間一般の目指すべき価値とは切れた、くだらないことを追究する必要がある。可愛さとか恰好良さじゃなくて、これからは、しょうもなさを獲得していく時代である。オチンチンを出して外を歩こう。

 

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