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おならっぷばーん

なにも考えずに、楽しむ

砂漠に一輪だけ咲く花のように

 

エアープランツ買った。小さい植物です。土がなくても、その辺に置いといたら勝手に育ってくれます。もともと木とか岩に着生する植物だそうです。

手がかからない。かからなさ過ぎて、もはやモノというか、インテリア小物に近い。育ててる感じがないし、小さくて存在感もないので、家の窓から眺める街路樹のほうが観葉植物としてはイケてます。

その置き方にテクニックがある。ガラス瓶に入れたり、壁にかけたり、流木に植えたりするのが流行だとか。もう完全にインテリアアイテムの一部ですね。抵抗するわけではありませんが、わたしは無造作に置きます。放置です。放置プレイ。棚のうえにちぎれた草が横たわっている。こう言っちゃ悪いけど、ゴミにしか見えません。カタチあるものは、どんなに飾り立てても、所詮は掃いて捨てられるクズだという認識から始めましょう。よく分からないですが、禅の境地です。禅の境地といえばなんでも丸く収まってくれます。

買うときは「えへ、初めてなんでひとつだけ」とケチくさいこと言わずに、五株くらい一気に買ってください。ひとつだけポツンとあると見ているうちに寂しくなってきます。砂漠に一輪だけ咲く花のように、いずれ枯れて死ぬんだなっていう悲観的な未来図が見えます。仲間がいると、群生してるというか、森のなかでワイワイやってる感じがあって楽しいはず。動物であれ植物であれ、「生きもの」と「孤独」は組み合わせるな危険です。バカにハサミを持たせる、台風の日にカツラで外出する、色盲に爆弾処理を任せるのとまったく同じリスクを抱え込むとお考えください。

エアープランツは育つのが遅い。土にしっかりと根を張らない植物は、大きくなりづらいんです。それはヒトも同じ。なんだか胸が苦しくなってきました。とはいえ、地面に縛られることもなく、呼吸と太陽光だけで生きるのは自由でいい。「わたしは飯を食わない。なぜなら光合成するからだ」といばる超人はSF界の常連です。植物の生き方がどこか理想的なのは、動物のドロドロした欲深さとは無縁だからですね。人間みたいに、もっと食べるために鳥の羽をのどに突っ込んであれしたり、役立たずのペニスを薬で起こしてあれすることもありません。――てなこと言ってもね、ベットに横たわったままの植物人間をみてください。静的な動物の悲惨さを。無欲な人間のつまらなさを。植物に口があったら言うでしょう。「おいコラ、そこの、そや、ちょっとこっち来んかい。ほんまこれうす汚い格好してちょこまかと動きやがってからに見てられんで動物っちゅうのんは。なんやつまらん顔して。あんな、ええこと教えたるわ。人生を面白くする秘訣てのはな、もっと強欲に生きることや、わかるか」

きのう読んだ本の中に、ダイエットをがんばる人に耳寄りな情報がありました。糖質制限がブームになると、砂糖の需要が減って価格が下がり、砂糖を輸出している第三世界の市場が落ち込んで、農園で働かされている子どもたちが栄養失調になると。これより皮肉な「風が吹けば桶屋」式の連鎖があるでしょうか。だから皆さん、お腹まわりの肉を落としてスリムな体型を目指すなんて残酷なことは考えずに、どんどん甘いものを食べて、恵まれない子どもたちを働かせましょう。そうすれば、彼らに食べものを買うお金が入ります。食後のシュークリームが、餓える子どもたちを救うのです。Greed is good. 欲こそは善なのです。

 

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