おならっぷばーん

真夜中の異臭さわぎ

超獣になる

100回も書いてきたから、どんなときに記事を書き出すのか大体わかる。落ち込んでいるとき、世の中クソったれだと思っているとき、オレには生きている価値があるのかと問いだしたときである。つまり憂鬱なほど書く気がわく。こんなタチの悪い仕掛けがあるか?

更新を続けるには、出口のない排水管のなかを、ずっとほふく前進するような精神状態を保たねばならない。私は今、まちがって募金箱に1000円札を入れても修道女のように笑っていられるのに、早くも躁鬱のコインが反転し始めているのがわかる。しかしだ。ここで偉ぶって芸術の何たるかを語るとだ。人が苦しんでカタチにしたものには、触れる人の苦しみを癒す力が宿るのだ。それがアートの効能だ。ヘミングウェイのことばを思い出したまえ。
「執筆はシンプルだ。タイプライターの前に座り、血を流すだけである。」

なんの話だっけ? そうそう、くの一超獣ユニタングの話だ。この超獣は、身体を10分割して、ふだんは大東女子大学でサイクリング部の女子部員10人に化けて身を隠している。先日たまたま手にしたウルトラマンの雑誌のなかで、この設定みたとき、二度見ならぬ二度読みした。なぜ女子大のサイクリング部に化けてるんだ? 宇宙警備隊がやってくるまで試合に向けてまじめに練習してたのか? いろいろ考えると頭がクラクラしてきた。

動物園のバクが、空から異次元エネルギーを浴びて超獣になる。バイオリン超獣は、バイオリンに憑依して、演奏した人間の魂を美しい音色によって吸収する。なんだそれ? 作った奴どうかしてんじゃないの? と思う一方で、じぶんの頭のカタさを痛感する。くの一超獣ユニタングを超えるぶっ飛んだ怪獣など思いつかない。そもそも、くの一と言うくせに、忍者でも何でもないんだぜ。

筋の通った説明ができないとダメだという考えに囚われすぎている。この超獣は、6・3・3年にわたるペーパーワーク光線を浴びたサルであり、おもて向きは理性、合理性、科学的思考を武器にして戦うが、実際の凶器は、60秒先の世界だけを見るせまい視野であり、飽きてもなお食らう強欲であり、後悔しても反省はしない投げやり根性である。いや、違う。こんな皮肉じゃなくて、もっと現実離れした案が欲しいのだ。

夜になるとディスプレイに現れる自意識超獣ブロガー。もとは、小遣い稼ぎにブログを始めたチンケなブロガーで、理想だけはひときわ高く、自分の書いた記事がすぐさま評判を呼び、あっという間に読者100万人を抱える人気者になるかもしれないと真剣に考えるが、実際には、いくら時間と労力をかけてもまるで成果が上がらないため、理想の自己像と、現実のよわよわしい自分とのあいだで魂が引き裂かれたすえ、超獣になる。自意識という装置からストレスを作りだし、口から気持ちの悪い文章を吐き出すことで人びとを攻撃する。読者の嫌悪に気付かず、自分はいつか選ばれる存在であると思い込み、「あなたには才能がある。記事でも書いてみないか」とメディア編集者から声が掛かることを夢に見ながら、あこがれの作家やライター連中が「自分にしか書けないこと」を「誰にでも分かるように書くこと」で飯を食ってるにもかかわらず、まったく反対に「誰にでも書けること」を「自分にしか分からないように書くこと」で鼻を高くしている。最期は、ウルトラマンエースの必殺技ウルトラシャワーを全身に浴びてドロドロに溶けて死んでゆく。

こえー!

 

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