どこの町にも名物おじさんはいる。

私の町には「トラさん」と「チャリキタオシのおじさん」がいた。トラさんは気のいいおじさん。私たちが公園で野球をしているところを遠くから眺めてニコニコしている。近所の誰よりオシャレで、仕立てのいいベージュのチェックベストやハンチング帽を着こなしていた。人差し指でひっかけた上着を肩からぶら下げて、ゲタを鳴らしてゆうゆうと闊歩する様はまさに『男はつらいよ』の寅さんを思わせた。

問題は「チャリキタオシのおじさん」である。「チャリキ」とは大阪弁で自転車のこと、語尾につく「タオシ」とは彼の奇矯な行動から命名された。チャリキタオシのおじさんは60代中盤の老人。背は低くてなで肩、どんなに暑い日でも白い軍手を外さないのが特徴だ。胴体の毛が思いきりハゲた汚い老犬を連れて散歩する。犬はおじさんとともに戦争へ行き、怪我したせいでハゲたのだと学校で噂されていた。

チャリキタオシのおじさんは散歩中、私たちが公園に乗りつけた自転車が進路上にあると、口のなかでなにやらぶつぶつ文句を言って、次々に自転車を蹴り倒す。「あのジジイ、自転車ぐらい避けて歩けないのか」とみな頭にきたものだ。

そんなことが二三度あってから、私たちも反撃にでた。チャリキタオシのおじさんが姿をみせると、わざと進路を完全に塞ぐようにして自転車を配置したのである。遠方からゆっくりと近づいてくるチャリキタオシのおじさん。いつになく厳重な自転車の壁を発見すると、大きな声でなにか喚きながら、自転車を一台ずつ蹴りあげていく。私たちは買ってもらったばかりのマウンテンバイクがバタバタと倒されていく様子をみながら「出たー! チャリキタオシのおじさんが出たぞー!」とはやし立てる。騒ぎをものともせず、すべてのチャリキを倒し終えたおじさんは、なで肩を大きく上下させて通常の散歩にもどる。老犬は知らぬ顔である。

この攻防は長らく続いたが、ある日を境に散歩するチャリキタオシのおじさんの脇から犬のすがたが消えた。それからしばらくしてチャリキタオシのおじさんもついに現れなくなった。感傷的な着地はしたくない。いじわるな孤独老人が施設へ行ったか、死んだだけ。それ以上でも以下でもない話である。

 

今回「犬」の題で書くと決めてから、初めて書店のペットコーナーに入った。ペットと無縁の私には未知のゾーンだ。

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「犬エッセイ」なんてジャンルがあるのか!

犬も飼ってないくせに『犬が長生きする本』を読む。犬の赤ちゃんの大きさは犬種に限らずほぼ同じだから、小型犬ほど出産のリスクが高まるとか、ヒトの体重にあわせて処方された人間の薬は犬が誤飲するとたいへん危ないとか、体温が38度より下がると重病のサインだとか色々知った。「犬エッセイ」ためになる。

「犬とお話ができるの」と豪語するアニマル・コミュニケーターの女性には驚いた。ワンちゃんと会話している人は公園へ行けばたくさん見つかる。彼女が特殊なのは、アニマル・コミュニケーションの奥義を極めた結果、写真にうつった犬とも会話することができる点だ。

「最近、飼い犬の元気がなくなったんです」と訴える顧客から犬の写真を手渡されると、彼女はワンちゃんの姿をじっと見つめて、「聞こえるわ。あら、そうなのね」とつぶやきはじめる。犬の証言によれば、近ごろ飼い主さんの帰宅時間が遅い。毎日遅くまで仕事してくたくたになって帰ってくるのに、かならずボクを散歩に連れて行ってくれるんだ。ボクはそんな飼い主さんの身体が心配で、のびのびと散歩できないんだよ。犬の本音を聞かされた飼い主は思わずその場で涙をポロリ、みたいな感動秘話で本のプロローグは締められる。

「写真のなかの犬と話せる」と聞いたときは、人智を超えた達人技に恐怖を覚えた。しかし、それほど悪い話でもない。これは占いと同じだ。「相手の聞きたいことを言う、相手の言いたいことを聞く」のメソッドで、人を気持ちよくさせるメンタルキャバクラの変種である。きっとこの人はアニマルだけでなく、「近頃、金ダライの調子が悪いんです」とマジメな顔でやってくる客がいれば、写真のなかのタライとも話せるようになるはずだ。

 

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