おならっぷばーん

真夜中の異臭さわぎ

寝る

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昔読んだ子どものための職業紹介本のなかに変わった質疑応答があった。「ぼくは寝るのが好きです。できることなら毎日のように寝ていたいです。どうしたらいいですか」この問いにたいして本の筆者は「寝るのが好きなことは良いことです。思う存分寝てください。いやというほど寝た後になにかやりたいことが見つかるかもしれません」と答えた。

毎日寝て過ごすのも悪くない。しかし中学生の日々はだらだらと寝て過ごすにはあまりに惜しい。遊んでも遊び足りないのは高校生も同じだ。長らく忘れていた「寝たくば寝よ」の格言を思い出したのは大学生のときだった。膨大な自由時間を勉学に充てることなく、サークル活動もせず、恋人とデートすることもなければ、打ち込む趣味もない。親にすがって長期休みにたまのバイトをするのみで、あとは余りに余った時間をすべて寝ることだけに費やした。食っては寝る。寝ては食う生活をえんえんと続けた挙句、たしかに著者の言うとおり、やりたいことが見つかったのである。私は、もっと寝たいと思うようになったのだ。寝るだけで得るものはない。これは私の人生における最大の発見である。では反対に起き続けた人はなにを得るのか。

264時間。米国に住む高校生ランディー・ガードナーが1965年に打ち立てた不眠記録は、それまでの世界記録(ニューヨークのDJピーター・トリップによる201時間)を大きく塗り替えた。日数にして11日間一睡もしなかったのだ。彼の挑戦は、睡眠を研究する科学者たちの厳密な監視のもとに行われ、公式記録としては未だに破られていない。

「私の父は陸軍で、家族はいろんな場所を転々とする生活を送っていた。私は何においても1位になることができなかった。サンディエゴにやって来たとき、なにかこの街で1位になれることはないかと考えたんだ」
挑戦から40年後、ランディーは当時を振り返る。
「最悪だった。私が起き続けられたのは、ただ私が若かったからだ。半分まで来た時に思ったよ。こんなことクソだ。辛すぎる。もうやりたくないと。でも皆が見ているから、途中でやめられなかったのさ」
彼は前人未到の偉業を達成した。しかし周囲の反応は冷たかった。
「外国じゃこうした記録は注目されるのに、この国はそうじゃない。だれも興味なんかないのさ。おかしいよ。きっとその理由は、私が挑戦中に人を殺したり、車に乗って建物に突っ込んだりしなかったせいさ」
ランディは起きている間、テレビゲームやバスケットボールをして過ごした。コーヒーには一度も口をつけなかった。寝ないでいる秘訣は、精神力だそうだ。

誰より起き続けた男は、不眠の極致でなにを思ったか。彼は挑戦11日目、簡単な引き算もできなくなった頭でこう考えたはずだ。とにかく寝たい、と。つまり寝ようが寝まいが、職業案内本の著者が言うような将来の展望が開けることはない。そもそも日に6時間程度の睡眠(あるいは18時間程度の活動)しかしない凡人に、起きた寝るやの何たるかを語る資格はない。質疑応答を続けるならこうだ。「寝言を言っているのは、あなたのほうではありませんか」

起きるべきか寝るべきか。いずれの道を極めるにせよ、先には果つることなき睡眠欲の業火が待ち受けている。しかし、この択一に迷うことはない。そもそも覚醒時と睡眠時を区別すること自体がナンセンスなのである。

イルカは半睡半醒、ゆめうつつを地で行く生物だ。脳を半球ずつ休めるため、起きながら寝、寝ながらにして起きている。ややこしい寝方をするのは、うっかり熟睡すると溺れて死んでしまうからだ。イルカはわれわれと同じ肺呼吸をするため、定期的に水面に出て酸素をとり込まねばならない。だからいつでも起きているのである。

そんなバカみたいな話はイルカよりも愚劣なヒトにこそ見ることができる。夢遊病は古くから知られているが、ひとつにSREDという睡眠関連摂食障害がある。患者は入眠から1時間後、深い睡眠状態のまま立ち上がり、ふらふらと台所へさまよい出て、手当たり次第にものを食べ始める。多くは菓子類など甘くて高カロリーの食品を摂るが、なかには無意識のまま料理までやってしまう人がいる。もちろん食べ物がちゃんとした食べ物であるとは限らない。たまたま置いてあったドッグフードや生肉を食べることもある。この食事は記憶に残らない。起床後に妙な満腹感があるのは、夜中のうちに何か口にしたからかもしれない。そう考えるとおそろしい。

われわれは意識の有無を問わず、つねに欲望し続けている。淫夢もみれば夢精もする。寝ている間に犬のエサまで食う。起きているあいだも、なにかに夢中でなければ生きた心地がしない。夢と現実が渾然一体となった狂気の世界を生きるのだ。さて私もそろそろ眠る。皆さんおはようございます。

 

 

参考
櫻井武(2012)『食欲の科学』ブルーバックス.

Randy Gardner (record holder) - Wikipedia, the free encyclopedia
Gelf Magazine Sleeping In
Dolphins stay awake for 15 days by sleeping with one half of brain - Telegraph

 

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