おならっぷばーん

真夜中の異臭さわぎ

らも

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中島らもはテレビ、ラジオの仕事をこなしながら、月に43本のエッセイを書き飛ばしていた。おそるべき精力である。物書きになる以前、23歳で気ままなフーテン生活を辞めた中島は、印刷会社に勤めた。1年半でトップ営業マンとなる。得意先をまわる営業車の中で、あらゆる用紙代と印刷代金を暗記し、複雑な見積もりを即座に出せるようにしていた。仕事に打ち込む熱量と、何事も要領よく究めてしまう智力、そして彼自身が「異常に鋭い」と自覚する記憶力が、おもしろエッセイの大量生産を支えていた。

それら生来の資質にくわえて彼の筆勢を支えていたのが酒である。「日本酒2杯で書く力が湧いてくる」とはリップ・サービスで言うのではない。サラリーマン時代は「9時間働いて9時間飲んだ」。独立してからは、出社時間や取引先との約束もなくなり、朝から痛飲する。後年、アルコール中毒から肝障害を患い、断酒に至る。中島らもはシラフでいるより、酔っている時間のほうが長い生活を送った。

大槻ケンヂ中島らもになりたくてエッセイをいくつも書き写したと言う。私にもその気持ちがわかる。常識に「」を掛けて両手でがしゃがしゃと振り回し、終わりにぱちんと指を弾いて金色の木馬を出すような文章を、中島らもは書く。真似できないと知りながら、ついついその魔法の呪文を探してしまう。

てっとり早く彼に近づく方法を考えたとき、真っ先に浮かぶのはドラッグだ。ブロン、大麻、LSD、シャブ、そして睡眠薬。処女作『頭の中がカユいんだ』は、睡眠薬と酒を併せた勢いで数日のうちに書かれた。川端康成眠剤を使って『古都』を書いた。読点「、」が、ぽつぽつと、矢継ぎ早に、打ち込まれ、読んでいて、こちらの方も、眠くなる、小説だ。反対に中島らもの作品は、頭の中の想像力の蓋が外れたように、連想が連想を呼び、飛びちり、はじけ、等比級数的にカオティックな世界が拡がっていく。

必要もないのに睡眠薬を飲むのは気が引ける。そこで次に酒を考える。筒井康隆は、文章が「めろめろ」になるから飲酒した状態で筆を執らない。しかし筒井が言うように、作家の中には、起きて日本酒を一升飲み干し、次いでビールを飲み飲み酔いを冷ましながら執筆する酒仙もいるようである。中島らもは明らかにこのタイプだ。残念ながら俗人にこの手の酔拳の達人がいることは稀である。酒が万人にひとしく創作力を与えるのなら、毎夏ビアガーデンから吐き出されるサラリーマン作家の重みで文壇の床が抜け落ちる。酔ったままものが書けるか。試しに崎陽軒のシウマイをあてにエッティンガービールを一杯やってみる。もうなにも書く気がしない。地球は太陽めがけて落下をはじめて以来ずっと円周軌道を描いてきた。中島らもの引力も同じで、私たちは永遠に彼の周囲をまわり続ける。

 

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