おならっぷばーん

真夜中の異臭さわぎ

タンジェント

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今年高校に入ったばかりの従妹が勉強おしえてちょうだいと言って家にやってきた。ここはひとつ高校教育を終えた先輩として、快刀乱麻のたとえ通りに、彼女の抱える難事件をあざやかな手腕で解決し、彼女から親戚の賢いおじさんという人物評を勝ちとる絶好の機会である。私は心のなかで腕まくりしたが、表にはいかにも落ち着いた余裕ある表情で、どれ見せてごらん、と手を伸ばす。ところが、これなんだけど、と差し出されたプリントの、質の悪い灰色紙上にかすれて印刷されたsin, cos, tanの文字、直線が入り乱れた複雑な幾何学パターンをみて、私は母校の一室に連れ去られた。

数学の定期考査が終わるたびに放り込まれた補習室である。廊下の向こうで吹奏楽部の下手くそなクラリネットが聞こえる。眼下の運動場にはラグビー部員たちが泥まみれになって勇ましくぶつかる姿が見える。たいして私は本来ありもしない7時間目の授業を受けるために教室に居残り、落ちこぼれ生徒用に考案された問題集をせっせと解いている。この苦痛から逃れたいがために数学の試験前日の枕上でいったい何度、天にまします我らの父よ、我に数学の才能を与えんことを、と乞うたことか。(私は「文系数学は暗記だ」と主張する本をバイブルのように持ち歩き、今度は神に記憶力を授けるようねだるのだった。)

メンツを保ちたいあまり、いやあ実は数学が苦手で三角比なんてさっぱり分からないよ、と白状できなかった。いかにも秀才風に、ああこれか、とりあえず一緒に考えてみようよ、と受け流し、無免許運転が悟られぬかとハラハラしながら机についた。プリントには、従妹の解けなかった問題に赤丸がつけてある。しかし私には、彼女があっさりクリアした無印の問題がわからなかった。もしここで彼女から、この問題を解くにはどの公式を使えばいいの、なんて訊かれたら馬鹿がごまかしきれない。どっと冷や汗をかく。そんな心配をよそに、彼女は黙々と問題に向かい、みな自力で片付けてしまった。察しのいい子だから、私の顔色をみて、こいつは頼りにならないぞと早々見切りをつけたのかもしれぬ。ありがとう、と言って去る彼女に、またいつでも分からないことがあれば、と心にもない言葉をかけて送りだす。私のほうこそ彼女の心づかいに感謝したかった。

 

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